エレガントなアオサギ、婚姻色がきれいなダイサギ。

2021年5月3日(月曜日)

お天気はいまいちですが、田んぼに水が入り、清々しい眺めになりつつあります。

昼過ぎにある方の見舞いにケーキ屋さんへ行った帰りの田んぼに二羽のサギがいました。普段なら近づくと直ぐに飛んで行ってしまいますが、珍しくじっとしていましたので撮ってみました。

 

装いとポーズがなかなかエレガントなアオサギ。

 

 

目元が美しいブルーのサギ。

 

拡大してみました。美しいブルーはダイサギの婚姻色だということです。

サギたちはこの時期に婚姻色が出るらしい。名前からあまり好きになれなかった鳥ですが、もう少しちゃんと目を止めてみたいと思いました。コサギはピンクになるそうです。まだ婚姻期内であればいいのですが、、、。サギは親子の情愛も深い鳥だそうです。

野の花、棚の花、畑の花、庭の花 本日二回目のワクチン 五輪は別の道を 理想と憲法。

2021年5月2日(日曜日)

春の光を浴びたい連休中の日曜日だが、冷たい風が吹き曇り空からポツポツ当たる時間もあった。

午前11時半頃に二回目のコロナワクチン接種を受けた。
連休中、デッサンをする予定なので、注射は右腕を止め前回と同じ左に打ってもらった。痛みや発熱、だるさなどの副反応は2回目のほうが多くみられるといわれる。今の所前回より痛みは軽めに推移している。
但し、一回目に無かった寒気と頭痛がうっすらあり、風邪のひき始めのような感じをおぼえる。
一緒に受けた二人のスタッフはどうだっただろう。わけても前回接種2日目に37,8度の発熱し、カロナールで解熱したたスタッフは本日の予診で接種可能と判断された。明日は状態を尋ねたい。

前回は2Fで、今回は一階で書類チェック、問診、注射、観察が行われた。全てとどこおりなく進み、休日にも拘わらず引き受けている病院に深く敬意を覚えた。

さて一両日目にした花を掲載してみました。

 

上掲2枚は昨日往診帰りに大潟区の雑木林で見た白藤です。

 

上掲3枚は本日、頸城区の西部児童遊園で見た藤棚。
開花したての色鮮やかな藤。

 

頸城区松橋の菜の花。

 

昨日大潟区の雑木林に咲いていたウワミズザクラ。

 

本日美術館の前庭で見たアオダモの花。

 

さてコロナによる抑圧的な日常はまだ続くうえ、ワクチンは接種を受けるのもするのも双方決して楽ではない。収束が見えないどころか、すでに4波。
日本はまだ良い方だ、という気楽さと足りない学習、さらに肝心なところに政治ノイズが深く混入する。神風でも待っているのだろうか。

私見だが、ワクチン接種が進み、ウイルス自身も休息する今夏、感染鈍化が見えたら一気にロックダウンし収束させる道があるのでは。燃え盛るタイミングより遙かに効果があると考えられるが、どうだろう。

引きずっているオリンピックはそろそろ中止を決定し、予算を自前のワクチンと抗ウイルス薬開発に回しては。
選手たちにはコロナ世代の希有なアスリートとして、競技ごとの指導者や専門家、あるいはスポーツドクターやリハビリテーションの専門家として厚遇、育成される道を残し、選択してもらうのは如何だろうか。
追い込まれた状況の中で、人の心を打つのに無理矢理突破しか方法が無いというのも情け無い。

話は変わり、明日は崇高で美しい前文を有する憲法の制定記念日。
負けてもなお維持されるであろう日本人の実直さと美しい心を映す憲法。それはまた累々たる無念の死の上に書かれた。
貴い精神を振り返りこそすれ、書き換える無謀を謹んでもらいたい。

不肖私も一応その有り難みを奥底に労働し、納税し、善良を心がけて生きてきた。
しかるに改憲されれば、あるいはその論議の過程に於いて、
突然に、
「貴様、それでも日本人か!」という乱暴な言葉に出合うような予感がして気が滅入る。
人間は一人では乱暴な言葉を吐かないが、大勢集まると優越意識に駆られて、変わってしまうのである。

何事にも基本として必要なものは理想であり、高く美しいほど、貫くほど価値があることを疑わない。

春の妙高山と大毛無山。

2021年5月1日(土曜日)

桜、桜と言っていたのがついこの間のこと。うぶうぶした庭の新緑がしっかりした色になってきた。

 

本日樹下美術館の西側の庭を見る。

 

さて本日午後から春の連休に入った。
休み期間中、お天気が期待出来無いということで、昼の晴れ間を見て中郷区辺りからの妙高山と大毛無山を眺めに行った。
普段高速道路や8号線を走りながら見ている山をゆっくり見ようと思い、それらしき農道を走ってみた。
山の上半分に雪が残り、山裾の里で新緑が眩しかった。

 

大毛無山

 

 

大毛無山。
新緑と春耕はとても良い組み合わせ。

 

 

黒い小屋と妙高山。

 

ヤマザクラと妙高山。

山は見る場所によって様々に表情を変える。本当は登りたいところだが、今となっては叶わない。道が良くなっているので、この先また色々な場所から眺めてみたい。

連休とは言え容態の悪い方がいるため出かけてもごく近辺だけ。しばらく休んでいた来年の展覧会に向けて下絵描きに再度手を付けようと思う。

始まる個別接種に向けて。

2021年4月30日(金曜日)

私の所は自分のほかスタッフ3名の零細。それがかかりつけの方に限定してコロナワクチンの個別接種に手を挙げていた。
インフルエンザワクチンとちがって、コロナは保存管理や接種方法が厳密。しっかり日時を決めて予約し実施しないと、効果やワクチンに無駄を生じかねない。

接種に関する皆様の関心は想像以上に高く、早く済ませたい、という気持が当初から伝わっていた。集団接種の会場は他区でかなり遠方のため、近くで済ませられるなら助かる、と仰り予約が殺到した。家族から会場へ連れて行ってもらう手間が省けることもあったようだ。

当院の規模を考え360人で締め切らせてもらった。一人2回計720回の注射予定になった。
実施に向けた資料が次々届き、リモートなどで説明会に参加、ワクチン配分の実際が決定され、2回のミーティングを行い、皆様個々のスケジュールが決まった。
実施期間中のある日から5人分の注射器が6人分に変わることとなり、一日5または6の倍数予定、三週間後二回目の同時刻設定もあり複雑なスケジュール負荷に悩まされた。

お年寄り達は電話の内容を正確に覚えられるとは限らない。念のため外来された方には日時を書いた予約票をお渡しし、その他の方には電話で調整し、本人またはご家族に窓口で票を手渡しすることが始まった。手間は掛かるが,小さな地域で接種が増えるならば、それにこしたことは無い。

 

積まれたスケジュール表と予約票。

 

予定日を決めて予約票を用意し、その方達に電話をして取りに来て貰う。
二台の電話を使いスタッフは連絡に忙殺されていた。

特別な日時を設定せず、日常診療の中6週間掛けて全スケジュールを終了する予定。
事故を起こさないこと、ワクチンの残を最小限に留めること、スタッフや私自身過労しないことを配慮し、無事の遂行を心から願っている。

複雑な実施に向け、熟慮しテキパキ動いてくれているスタッフに深く感謝している。

一方全国に拡大する4波は誠に切ない。
前線で日夜奮闘する医療関係者がいる一方、夜間大勢集って酒飲みをする役人さんがいる。この国は何をしたいのか、支離滅裂で分からなくなることがある。

満月 古い歌「月光と水玉模様」。

2021年4月27日(火曜日)

今夕は満月、ネイティブ・アメリカンの呼び名に由来してピンク・ムーンと呼ばれるらしい。この時のピンクはフロックスの花の色で、シバザクラもフロックスの仲間だという。確かにいま美術館の石垣にも小さな群を作って咲いている。

夕食中今か今かと待っていると上った。

 

大潟区潟町の通りに出た満月。

 

月だけを撮りました。

月の曲は色々ありますが戦前からの古い曲「Polka Dots and Moonbeams」も好まれて演奏されるようです。

 


フォー・フレッシュメンによる「Polka Dots and Moonbeams(月光と水玉模様)」
(1960年のアルバムから)

1973年だったか、玉川高島屋のレコード売り場で親しくしていた先輩がヘッドフォーンをつけて視聴していた。近づくと聴いてみる?と言って耳に当ててくれたのが、このフォー・フレッシュメンのレコード。ヘッドフォーンで聴くステレオ音、そのコーラスの素晴らしさにとても驚いた。

ざっとですが、以下のような歌ではないでしょうか。

“ある庭でカントリー・ダンスのパーティがあった。突然誰かがぶつかってきて、あらごめんなさい、という声。月光の中に水玉模様の服とツンとした鼻の女の子が。思い切ってダンスを申し込むと踊ってくれた。月光と水玉模様にツンとした鼻の女の子、夢のようだった。いつかライラックが咲く小さな家で、おとぎ話のように暮らすのが見えていた”

 


トミー・ドーシー楽団とフランク・シナトラとの名コンビで同曲です。
(1940年の録音)

 

本日キョウガノコが何株も届きました。

倉石隆挿絵本「りす女房」 本日清々しい空に雲。

2021年4月26日(月曜日)

昨年は倉石隆氏の作品から挿絵や表紙絵として編纂された21冊の書物を展示しました
過日あらたに、探していた倉石氏挿絵の「りす女房」が手に入りましたのでご紹介致します。

 

「りす女房」
アン・フィリッパ・ピアス原作 猪熊葉子訳 倉石隆挿絵 富山房1982年7月23日発行
アン・フィリッパ・ピアスはイギリスの女流童話作家。
猪熊葉子はイギリス文学者で聖心女子大学名誉教授。

挿絵の一部

挿絵の一部

挿絵とページの一部
かって一度地元の大潟水と森公園でリスを目にした。
樹下美術館にも現れればいいのに、と長く待っている。

 物語は森外れの村で豚を飼う兄弟の弟ジャックが主人公。ふとしたことから森の奥深くに住む緑色の妖精を助け、その王から指輪を貰う。指輪は春先に生まれた子リスを探しその足に着けると、リスは将来妻となる娘として現れると告げられることから始まる。森の情景やリスの生態などには澄んだリアリティがあり、自然のエッセンスに触れながらストーリーを楽しめる。
西洋の原作が多い倉石隆の挿絵には洋画家として熱心にデッサンを磨いた氏の骨頂がよく現れている。幾つかの書評ページで挿絵の素晴らしさを指摘するものが見られた。

「リス女房」はインターネットの古書サイト「日本の古本屋」にリクエストとして登録していたところ、3年ほど経って連絡があり購入しました。日本中の古書店を網羅するこのサイトを通してこれまで何冊も求めることが出来ました。

 

本日四ツ屋浜の雲。

美術館は田んぼ側のベンチからの雲。

 

4月15日に入ったテーブル&ベンチ。
見えている樹木はモミジ、コブシ、アオハダ、ニシキギなどです。
すっかり周囲の新緑と調和し、木漏れ日が射し良い雰囲気になりました。

本日すっきりした陽が射しましたが、日中やや寒さが感じられました。

今朝の新潟日報「にいがた人の本棚」と「銀の匙」。

2021年4月25日(日曜日)

去る3月末、新潟日報日曜版月2回のコラム「にいがた人の本棚」に向けたインタビューを受けていた。愛読書に類する書物を取り上げ、それにまつわる種々を話し、囲みとしてまとめる企画だった。
なぜ私にお鉢が回ったかはっきりとは知らされなかったが、かなり前もって打診があり、逡巡した後お受けし、書物「銀の匙」を取り上げることになった。

来訪された記者さんから「銀の匙」のあらすじや読みどころなどと共に、著者の事、私の生活と読書などを訊かれた。記者さんは柔軟で知的な人。話を楽しむようにインタビューを進めてくださった。

今朝の新潟日報の記事写真。

とりとめ無い話をきれいにまとめて頂いた記者さんは、本当に凄いと感心した。同書や著者について調べていることも窺われた。同行のカメラマンさんも熱心で、最初は美術館館内で、後から外のベンチで撮ってもらった。桜の陽光のせいで、しわくちゃの顔がトッチャン坊やに変わっていた。

さて前後篇のある「銀の匙」前篇は、27才の著者による明治中頃の幼少時代の自伝的小説。シーンの一つ一つは、読む者が主人公のすぐ隣か後ろに居て、それらを目の当たりにしているように鮮明に描かれる。主人公の幼少は虚弱で敏感ゆえ、一見ありきたりの出来事も物語か事件のような波乱や美しさがあって興味深い。

ひ弱な頃の主人公(私)は前後して二人の可愛い女の子に好かれる。ともにおませで活発。遊びを通して彼女らに翻弄されるが、そこには明らかな好意や愛情が生まれていて、周囲から嫉妬もされる。

ほかに“おばさん”という貴重な人物がいて、病弱な母親に代わって私を背負い、歩き、導き、ともに遊ぶ。伯母さんは漢字を読めないが非常に博識で信心深く、第二の主人公ではないかと思ったほどだ。

おばさんは立場上責任として関わっているが、その態度から並々ならぬ愛情が読み取れる。
二人の幼女とおばさん、いずれも女性だ。何をしても互いの距離と心は絡み合うように睦まじく近い。幼少からこれほど異性に好かれる著者・中勘助とはどのような人だったのか、前篇を読み始めるや興味を禁じ得なかった。

主人公は中学生になるころから急に知力がつき身体も壮健になるが、生き物はじめ万象の摂理を愛し、「銀の匙」後編では、男らしさに憑かれる14才上の兄と常に衝突する。
かって著者の幼少は大変な美少年ではなかったのか、と書いた。ネットや書物で知った成人の中勘助は身長が180㎝もあり、外国人か俳優のように見栄えの良い容姿をしている。幼い頃はことさら可愛かったのであろう。

成長した著者は一高、東大へと進む。
「銀の匙」とは別の話だが、家庭に於いて凄まじい不条理と確執の渦へ巻き込まれる。それから逃れ、かつ物書きとして家計に付与するため敢えて放浪の身となる。
その過程で「銀の匙」前編は野尻湖弁天島に籠もって書き上げられた。柏原駅から送付された原稿に目を通した夏目漱石は、“美しい,、自分には書けない”と絶賛し、朝日新聞の連載が決定した。

後年氏は兄の病と狂気に等しい行動に苦悩しつつ、一方で美しい女性たちの愛の告白に遭う。知的で見栄えの良い男性は一見幸福そうだが、深刻な人間関係や問題にも悩むのであろう。詳しいいきさつは知らないが次第に禁欲的な生き方へ、そして仏教へと傾注していく。
この間に小説「犬」を書いている。
「犬」には異教徒と通じたうえ子を宿した美しい娘への異常な嫉妬から、魔術を使って娘と共に自ら犬になり飽くなき色欲にふけるバラモンの聖人が描かれる。「犬」の読後、一体どこでこれが美しい「銀の匙」と繋がるのか、めまいを覚えるほど混乱した。

「銀の匙」を書いた27才の著者には、直前の妹の死、兄の病および兄嫁への同情や思慕、ほかに様々に複雑な事件があったのであろう。自他が陥っている辛酸と自らの苦悩の浄化、あるいは魂の補償や解毒として「銀の匙」を書いたのでは、と精一杯空想してみた次第です。

昨年1月26日、たまたま訪れた野尻湖湖畔で中勘助の詩碑に出合いました。それは昭和20中頃~30年代、家族とともにたびたび訪れた懐かしい野尻湖の旧バス停の一角にありました。碑には弁天島で再びホオジロの声を聞く勘助の深い孤独が刻まれています。

三者三様の説明会参加。

2021年4月23日(金曜日)

今夕7:00から文化会館で個人機関におけるワクチン接種の説明会があった。
会場近くのAさんが現場へ参加、大潟区の二人は仕事場のPCで、私は自室のタブレットで参加した。このたび仕度した自院のインターネット環境や二か月前に購入した私のタブレットもいわばこの日以後のために用意したようなものだった。

ことコロナに関する情報や事務処理はせかされるようにIT化していく。この対応の準備費用と仕事量について過日不平を述べた。それでも何とか道具を追加し、(株)信越情報のお世話と、キーや頭を叩きながらフォーマットを埋め、幾つかのシステムのログインが可能になった。

 

私は自室でタブレットのリモート。
三回目目の参加で少し馴れて来た。

二人のスタッフは仕事場で参加。

ひとり説明会の現場に参加したAさん、遅くまでご苦労様でした。いち早く大切な追加資料を貰うことが出来たようで助かりましたね。月曜日には皆で再度のミーティングをしましょう。

IT環境の無い機関にはペーパーやFAXの対応が許容されるようだが、それもまた今どきの文化のあり方ではないだろうか。どこかの国ではないが、隅々一色にしてしまえば良い、と言う話でもあるまい。

さて先日、しばらく食事写真を休みます、と書いたばかりでしたが、新鮮な魚を頂いた事と、それが美味しかったことで、以下に載せてしまいました。

 

かっての芝居仲間から頂いた大きなアジ。
差し渡し30㎝は楽にあった。

 

たたき。

大きくて肉厚なフライはとても美味しかった。

 

 

僅かに肌寒かった本日。八重咲きイチリンソウが明るい陽を浴びていた。
もうじき終わる頭上のクリスマスローズと賑やかに話をしているようだ。

一気に新緑 可愛い花たち。

2021年4月21日(水曜日)

早いもので、最後のヤマザクラが散るや庭は一斉に新緑になった。

背丈の低い可愛い花を載せてみました。

鳥が水を飲みに来る水盤に落花している。
直系60㎝ばかりの水盤に寄って撮りました。

 

 八重のヒトリシズカは大勢で咲いても静か。
※後日お詫び:申し分けありません、ヒトリシズカ→イチリンソウの誤りでした。

 

背丈はせいぜい70㎝ほどの丁字ザクラ。
よく目立ち、何という花ですかと、しばしば訊かれる。
近寄ると良い香りがする。

 

今年は沢山咲いた野スミレ。

 


マントヴァーニー楽団で「すみれの花咲くころ」

その昔の若いころ、ムード音楽と称して沢山の軽いオーケストラがあり、常にラジオから流れていた。
このマント・ヴァーニーはじめ、ヘンリー・マンシーニ、パーシー・フェース、カラベリと101バイオリン、ヘルムート・ツァハリアス、ワーナー・ミュラー、フランク・チャックスフィールド等々あった。
これらの日常的な音楽は歌(言葉)や強いメッセージ性もなく、何かをしながら、あるいは息抜きに気軽に耳にしていた。

さて周囲の田はおよそ打ち終わり、水を入れるばかりになった。晴れが続き本当に良い季節になった。

強風の日の買い物 高校時代の肺結核治療 駐車場で帽子を追いかける。

2021年4月18日(日曜日)

昨日の雨降りの空は本日さらに悪化し、終日強風に見舞われた。
昼に外出、ホームセンターでキキョウと用土および芝生の肥料を、帰路のドラッグストアでアリナミンを購入した。

風は午後次第に強まり、ホームセンターでは少し大きめの物が至る所風で倒されていた。起こしてもすぐに倒れるのだろう、所によって通路を塞ぐものまであった。

美術館の花は出来るだけ暇を作らず、次々に何かが印象深く咲いているようするため、色々と補強を試みている。
当初山野草や茶花などをこまごまと植栽していたが、全体の眺めを重視した方が良いと考えるようになり、最近は点に加えて面を意識している。

ホームセンターでは車から下りて歩くと何か顔に不自然な感じを覚えた。マスクを忘れている。慌てて戻りダッシュボードを空けると一枚だけ残っていて助かった。

 

これで買い物が出来た貴重なマスク。

ドラッグストアではアリナミンEXプラスというのを購入した。今の食事で何一つ不足は無いと考えられるが、足腰の疲れなどに対し、ふとしてアリナミンを飲む。
アリナミンとの付き合いは、高校二年生の春から始まった。その年の健診で肺結核が見つかったのがきっかけだった。

結核が告げられた日のことは鮮明に思い出すことが出来る。
担任のY先生に職員室に呼ばれ、レントゲン健診の結果で肺結核の疑いがあることを告げられた。その場で薄い茶封筒に入った小さなフィルムを渡された。フイルムをポケットに入れ、一人汽車を待った駅のホームが浮かぶ。家で父にフィルムを見せると、ああ、と父は落胆した。

直ちに週2回のストレプトマイシンの筋注(1回は父が下宿を訪ね、1回は日曜日に家に帰って打つ)、およびパスとヒドラの服用が始まった。同時に補助的にアリナミンの服用と一定量の生バターを摂るように言われた。

不思議なもので、健常から一気に病者に変わったにも拘わらず、直ぐ治療を受け入れたように思う。但しある時期を過ぎると大して症状の無い病気よりも治療の鬱陶しさに嫌気を覚えるようになった。
注射は痛い、薬でお腹は空かない、引き出しのバターはまずいなど、いつ終わるとも知らされず続いたためだった。
ほかに映画館は駄目、体育ほか諸行事は見学で生活全体が晴れ晴れしない。ただ一緒に見学となった何人かの級友とは他の生徒に無い強い親しみを覚え、子の無い下宿の主夫婦はより親切に接してくれるようになった。

高校三年生の9月に手術も考慮して父の母校たる都内の大学病院を受診した。その結果注射をストレプトマイシンからカナマイシンに変更すること、残りの学期を休学して治療に専念することになり、がらりと生活が変わった。注射のため尻をだすのだが、ある日、随分肉がついてきたな、と父が嬉しそうに言ったのを覚えている。

かくして高校3年生をもう1回やり直し、翌年春に晴れて全快した。注射は内耳性難聴の副作用があり、最後の方では注射後耳がぼーんとする感じや軽いめまいを覚えるようになったが、症状が固定する前に離脱できたのは幸いだった。
但し後年血清クレアチニン値が1.0~1,2レベルと正常値を超えて推移しているのは、足かけ3年打ち続けた注射の腎毒性によるものかと考えている。

闘病というほど濃厚ではないが、貴重な青春の陽光は精々早春か晩秋の明るさでしか無かった。ただ姉に勧められてドイツの小説を読んだのと、休学中の朝な夕な近隣の自然に深く親しめたのは得がたいことだった。

さらに病癒えた大学で亡き級友Sに勧められ、テニスと音楽の部活に夢中になったのはリハビリだったかもしれない。加えるに今でも何か失ったものを何処かで取り戻そうとしているような感覚がよぎることがある。時の価値、密かではあるが青春というのはそれだけ貴重だったのかとあらためて思う。

さてアリナミンはサイアミンプロピルダイサルファイドという化学名だった。役立つわけではないが当時暇つぶしに、パスはパラアミノサリチル酸カルシウム、ヒドラはイソニコチン酸ヒドラジッド、と薬効書を読んで覚えた。大学時代そのことを話すと、何でそんなことを知っているのか、といぶかしがられた。

そんな訳で、近時足腰や目に疲れや痛みを感じると思い出したようにアリナミンを飲んでみている次第で、本当のところあまり深い訳はありません。

 

本日購入したアリナミンEXPLUS.。

本日買い物を済ませたドラッグストアの駐車場の風はひどく、帽子を飛ばされた。駐車場の端まで飛ばされ、危うく国道に出る寸前で捕まえた。青春の闘病も鬱陶しいが、老人が広い駐車場で帽子を追いかけるのも切ない。

雨のゴルフ 四月の雨 連日の夕食。

2021年4月17日(土曜日)

雨と分かっていたが、予約通り午後から半ラウンドのゴルフをした。
14;30という遅い時間しかなかったが、雨のせいかキャンセルがあり一時間繰り上がってスタートした。

気温が低いうえ朝から降りっぱなしの雨。ホカロンを4つ使い、雨仕度を十分にして出た。
いつものK氏と回った。
雨のコースには後先だれも見えず、また貸し切りですね、と言って回った。K氏とは昨年秋、だれもスタートしない嵐の中を回った。悪天候のゴルフでは、止めようという人は少なくないが、私は回りたい方に入る。

本日寒さと雨を心配する余り着ぶくれしてしまい、良い調子ではなかったが、修業と称し最後まで回れたことを祝った。最近はカートに乗るので随分楽になった。

 


1920年代の古い歌「April Showers」
四月の雨は5月に咲く花を促す
雨ふりでもくよくよしないで、青い鳥を探しに出て
その歌を聴いてみよう、などと歌っているようです。

April Showersという曲があるのは知っていましたが、初めて聴いてみて、楽しい曲だなと思いました。

 

以下本日の夕食写真です。

コゴメとタラの芽を沢山頂きました。

連日の食事写真でしたのでしばらくお休みです。

明日は午後から雨、風も吹きそうです。

前庭に木製のベンチ&テーブル キジバトの吸水 満開のヤマザクラ。

2021年4月16日(金曜日)

昨日午後ホームセンターから木製のベンチ&テーブルが届き、前庭に置きました。
仮置きしていた鉄製のものは裏手のもとの所に戻しました。

これで外は11席になりました。混み合うことが少ない樹下美術館ですが、これからの季節、お天気の日は座ってみてください。

 

がっちりした構造は4人が楽に座れます。

駐車場に接していますが、
コブシ、モミジ、椿、アオハダ、アオダモの木に囲まれています。

さてカフェにいるとキジバトが水を飲みに来ました。

そっとのぞき込む。

口を付けて美味しそうに飲んでいます。
ハトはほかの鳥と違い、口を付けたまま水を吸えるそうです。

 

大方終わったヤマザクラですが、この木と前の道に面した木が今満開です。
手前の白い花はジューンベリー。
今週末は低気圧の影響でかなり荒れる模様。
その間、花には散らないでほしいのですが。

良い季節のなか、拡大の一途を辿る新潟県のコロナが心配です。

寒暖著しい昨今 食事。

2021年4月14日(水曜日)

昨日は南風が強く吹き付け、一転して本日はぐっと気温が下がった。
めまぐるしく変わる寒暖で体調を狂わせる方がいる。昨日などは発熱と腹痛に苦しむ高齢者の方は過食と脱水症であり、絶食と1000㎖の点滴後夕方には回復された。

庭の花も大変で昨日の南風では随分煽られ気の毒だった。ただし砂ぼこりを巻き上げるほどではなかったので一応難を逃れた。
ひるがえって本日せいぜい8℃の寒冷。しかし春の花にとってはこのくらいが良さそうであり、生き生きしていた。

 

昨日南風に煽られるクリスマスローズ。

同じく昨日の水仙。

 

本日寒さの中のジューンベリー。
ポツポツ頼りなげに咲いてはひっそりと散る
そのため花に気がつく人は少ないかもしれない。

 

同じく本日の黄花カタクリ。
毎年同じ場所に同じくらいの数の花が咲く。

 

申し分けありません、連日の夕食は妻への慰労です。

メインは「鮭のちゃんちゃん焼き」というらしい。
このほか漬け物ともう一皿おかずがありました。

 

以下は本日のブランチ。
主食抜きで10時半前後に仕事の合間を見て食べ、いわゆる朝食や昼食は無しです。

サラダとヨーグルト、それに最近のマイブーム「オトギクズユ」です。
およそ2年前から1日一食半という感じになりました。
今春のドックでカリウムが少し上昇していましたので、果物を止めました。

一時メザシと野菜炒めの夕食にしましたが、ちゃんと作りたい妻に応えてこのような形に戻しています。
夕食後次のブランチまで15時間はありますので、やや多めの夕食は完全に消化吸収されていると考えています。

夕食のみ主食に玄米130グラム程度を摂りながら、6時半ころからトータルおよそ1100キロカロリーをニュースを見ながら1時間少々かけて食べます。アルコールは飲んでも週一程度、ウイスキーを一ミリリットルという寂しさです。くず湯は95キロカロリーもありますので間食を減らしました。

食事は年令と個人の生活・身体事情に合わせ色々工夫があってしかるべきではないでしょうか。
私は出来るだけ仕事を続けたいこと、日中の時間を節約したいこと、ゴルフを続けたいこと、腎臓と血管を守りたいことで、このような形になりました。
この先さらに変わるにちがいありません。

松山選手の偉業 私達のワクチン副反応と接種の前進。

2021年4月13日(火曜日)

松山英樹が今年のマスターズゴルフでチャンピオンに輝いた。怪物のごときスーパースターが争うメジャー大会は完璧が求められ、運不運さえも克服しなければ優勝に届かない。松山選手の達成は偉業としかいいようがない。

一昨年の全英における渋野選手といい、続けてゴルフに光が当たったのでとても嬉しい。
ことゴルフだけは、どのような形であれ、名門霞ヶ関CCにおけるオリンピックをテレビで観てみたいと思う。

 

固唾を飲んで選手を迎える。

 

優勝が決まってスタンディングオベーション。
長い影が長時間の熱戦を物語っている。

米国で肩身の狭い思いをするアジア人が歓声とスタンディングオベーションに包まれる。ゴルフのジェントルマンシップとは言え、偏狭なナショナリズムが少しでも薄まればと心から願われる。

さて11日午前遅く受けたコロナワクチン。接種直後我が二人のスタッフは全く痛くなかった、と言った。ところが二人とも当日夕刻になると急に注射部位が痛み出したという。
さらに翌12日の午後遅く、一人が37.8℃に発熱した。私の直後からの痛みは物理的なものであろうが、スタッフの数時間後の痛みと発熱は免疫生成に関わる反応と理解することが出来、熱には少しためらったが高熱移行を危惧してアセトアミノフェンを一錠服用してもらった。
するとその晩遅くの電話で、すっかり解熱し気分が良いという返事があり、ほっとした。

私の直後からの痛み、女性スタッフ二人の数時間後の痛み、そして女性一人の2日目の発熱。三者三様の反応を経て三日目を終える。
この先の遅延反応と3週間後の2回目の接種での課題は残るが、現在痕跡的な痛み以外そろって常態に戻った事に安堵している。
報道で知らされる通り、インフルエンザワクチンなどより多めの副反応は、抗体産生機序を明瞭に反映するものと考えられ、その点でも効果が期待される。

ささやかな日常ながら感染リスクは何処にあるか分からない。また掛かりつけの方に限定して必要なPCR検査を始めているので、ワクチン接種を何とか全うしたい。

昨日、矢継ぎ早に来る検査や接種におけるICTの使いづらさを嘆いた。すると願いが通じたのか、今朝医師会から個別で行う接種予定数をカレンダー付きのFAXで訊いて来た。
さすが医師会、現在この方法が最も明解で実用性が高い。
あとは安全、円滑を期して慎重に臨みたいと、昨日とは打って変わり前向きな気持になれた。

ここへきて経験則が通用しそうもなく、先行きは不透明だが、今夏が正念場ではないだろうか。
ワクチンが前線病院の負担を和らげ、広く住民の安全に寄与することを願って止まない。

 

本日夕食の鯛かぶら。
カブは鯛のダシが滲みて美味しかった。
先日のソーメンに続いて本日も鯛。アラは200円程度で買えるらしい。

ヤマザクラが咲いている ワクチンの痛みが軽くなった ICTの嵐。

2021年4月12日(月曜日)

本日髙田で21℃に上がり、暖かかく晴れた月曜日。
咲き誇ったソメイヨシノだが、何故か花吹雪を見ることもなく突然葉桜に変わった。いま美術館の庭は自生のヤマザクラが満開を迎えている。派手ではないが和やかに周囲と調和する姿はまことにのどかで、私は好きだ。

本日樹下美術館の山桜。

一昨日のことで恐縮ですが、夕食に鯛ソーメンを食べた。

色は桜色、だし汁がまたすばらしかった。
外側からそっと骨を外しながら食べる。
鯛はどこをどう食べても美味しくやはり魚の王様だ。

昨日接種を受けたコロナワクチン。本日接種部位の痛みは薄らぎ、夜間には触らないかぎり全く気にならなくなった。熱、だるさ、頭痛はない。

さてワクチンの個別接種に手を挙げたは良いが、これまでならワクチンの発注、使用実績、残などの手続きや報告は市町村や業者への電話やFAXで済んでいたはずである。ところがコロナになって急にICTの利用を求められるようになった。

似たようなカテゴリーごとに新たな名のシステムが勧められ、何をどのシステムで使ったら良いのか非常に混乱する。パスワードの送付から、ログインまで毎回薄氷を踏む思いで恐る恐るキーを叩き、挙げ句“ユーザー名かPWが違います”の文字が冷ややかに表示され、何かとそこで止まって終わる。

過日お会いした医師の何人かは普段パソコンに触らないので、本当に困っているとおっしゃった。私も似たようなもので,国および市町村は仕事を減らしたかったのだろうが、間に合わせお仕着せのICTからは、ボロボロのデータや実動の破綻さえ生まれかねない危惧がある。

システムが使えない人にはFAXによる情報取得、諸報告もぜひ許してもらいたい。大病院ならともかく、個人では事務も新たなシステムに追いつくのは容易ではない。
かって月々の診療報酬請求事務が手書きからCPに代わったのをきっかけに、廃業された高齢の医師たちがいたのは非常に残酷だった。

コロナ不況でせめてIT業界を盛ろうという思惑もあるのだろう。小さな私の所でもコロナを機にタブレットと事務用ノートパソコンを購入した。さらに近々接種に向け新たにタブレットがあてがわれるという。
コロナと同時に、効率、管理の名のもと別の嵐が巻き起こっている様相である。このようなことが「人間に相応しい幸福」につながるとは到底考えられない。

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