先週末の種々。
このところ土日のブログをさぼり、月曜に「先週末の種々」などとまとめて二日分を書くことが目立ってきた。週末は書くことが多くなる一方体を休ませたいのをその理由にしている次第。
さて先週金曜日にはシュターミッツ弦楽四重奏楽団&市村幸恵さんのコンサートがあった。翌土曜午後はクラシックファンのA氏が見え、前夜のコンサートが如何に素晴らしかったかを逐一語った。
内外の有名ピアニストを聴いている人が、何より市村さんのピアノを第一番に褒め、ピアノであんなに美しい音色を奏でる人は滅多にいないと絶賛する。
熱演の第一バイオリンかアンサンブルを褒めるのかと思ったのが、ピアノをまっ先に挙げたのには正直びっくりした。
たしかに当夜の市村さんの演奏には色や輝き、香りや感触などが漂うのを折々感じ、演奏は冴えていた。
当夜演奏直後、知人のB氏一人が控えめなブラボーをし、A氏が一人スタンドして喝采した。コロナで大声は控えられているが、感動に駆られてするスタンディングは演奏者と聴衆が感動と感謝を分かちあう優れたマナーだ。だが立つなり後ろの席から「立たないで、立たないで」と言う声がして、がっかりしたとA氏は嘆いた。
いつか上越でも演奏者の感情を遮る楽章ごとの拍手が控えられ、盛大なブラボーと大いなるスタンディングオベーションで終わるコンサートがあることを夢見ている。
さて週末の目撃です。
翌日曜日は髙田方面へ二つの用事で行った。
先日あるお茶人から無地の木製の建水(湯水を捨てる器)にモミジの絵を描いてと頼まれていた。
数年前の茶会で桜の花びらを描いてと言われ、花を散らした意匠をアクリルガッシュ絵の具で描いた。今度のモミジは花びらとは違い簡単ではなさそうであり緊張し、大嶋画廊で足りない絵の具を求めた。
ジョーシン電気は帰路に寄った。今春求めたコンパクトカメラが突然スイッチが入らなくなったためだった。
それがカメラ売り場で充電ケーブルにつなぐと直ぐに動いた。家のソケットの差し込み不十分という他愛ない原因だった。落ち込んでいたのでほっとした。
以下は夕刻の大きな雲と月
東の空で陽をを浴びている雲の上に出た月。
明日皆既月食があり天王星食も起きるという。
18時過ぎから20時40分過ぎまで、お天気に恵まれるように。
皆既月食中に起きる惑星食は今後2235年まで見られないという。果たして写真に撮れるだろうか、この間だけでも晴れてほしい。
私の初白鳥、初雁。
既に先月中旬ころには白鳥や雁の飛来が告げられていた。
本日午後、新井-柿崎線を走ると、田んぼで食餌する5羽のコハクチョウと数百羽の雁(マガン、ヒシクイ)を見た。
白鳥は少数だったが今年もまた出会えて嬉しい。
冬鳥たちは何百、何千キロを羽ばたいてそれぞれの越冬地にやって来る。下りる先は代々決まっているらしいのだが冬景色に生気と彩りをもたらし、とても貴重。
待ち遠しいハクガンはいつ、どのくらいやってくるだろう。人間は勿論、鳥たちが困るほどの大雪だけは勘弁してもらいたい。
市村幸恵&シュターミッツ弦楽四重奏団、素晴らしかったの一言。
今夕上越市内オーレンプラザで開催された市村幸恵&シュターミッツ弦楽四重奏団は素晴らしかった。クラシックのコンサートは何時が最後だったか思い出せないくらい久し振りだった。
6時半開演、その前6時15分からのプレトークも聴くべく仕事を15分切り上げて終了、雨と駐車場の空きが気がかりでタクシーを使った。そのタクシーも久し振りで何故か気恥ずかしく終始黙って座った。
プレトークにやっと間に合う時刻の到着、ほぼ満席の入りでびっくり。これだけ入ると否応なく演奏への期待が高まる。全館自由席なので最前列近く右端に空いた席に座った。
プレトークでマイクを握った市村さんは、人生の半分以上をチェコで過ごした事になる。チェコの演奏家は素朴で温かい、と述べられ、弦楽四重奏は緻密さが求められ、寸暇を惜しんで練習しかつ挑戦を続けていると説明され、巻き舌を使う“ドヴォジャーク”の発音法をやって下さった。
演奏が始まるやピアニシモは静謐で甘美、フォルテシモは弦が切れはしないかと心配になるほど力強かった。プログラム1(p1)のシューベルト「四重奏断章」は緩急、陰影鮮やかに奏でられ、作曲者の悲喜に引き込まれる。
p2ドヴォジャークの代表曲の一つ「アメリカ」は米国にあって祖国を愛し慕って歌う牧歌として心に伝わった。
いずれの奏者もあざやかに歌い、アンサンブルは勿論、折々かすめるように入るソロも美しく音楽がゆらめき立ち上がる。詳しくはないが熱演を伝えるホールの響きも良かったのではないか、と思った。
あっというまに休憩。
靴の音がすると女性が来て、もう少し後ろに座りませんか、と言う。美術館のスタッフだった。隣に座ると目線が上がってとても見やすい。
休憩で席を立ち、ホワイエに出た。すると美術館のご常連、クラシックファンのお客様三人と次々に出会い、そろって素晴らしいと仰る。切符を買ってもらった後援者の一人として嬉しい笑顔だった。
後半のp3はやはりドヴォジャークで、ピアノ五重奏曲。市村さんが初めて加わる。
第1楽章半ばに可愛い旋律をピアノと弦楽器が優しく会話をするようなシーンがあった。リリカルで涙がにじんだ。市村さんのピアノは時に流麗時に勇壮、弦楽四重奏を鮮やかなオーケストレーションをもって支えきった。
最終p3のフィナーレ後、声が飛びスタンドする人がいた。館内いっぱいの拍手が続き、アンコールは初めて耳にする愛に関する穏やかな曲で終了した。
ホワイエでアンケートに「素晴らしいの一言 市村さんは晴れて大御所になられました」と記載した。
非常に良い一夜であり、弦楽四重奏、そしてピアノ五重奏は知的で格好良く、コロナと戦争にすさぶ心を深く癒やしてもらった。
次回、来日されたならば是非ともまた聴きたい。
タクシーが時間通り来てくれたのも有り難かった。
「アメリカ」のイントロがずっと耳に残って歌っている。
祝日の大池いこいの森 愛車の点検。
本日文化の日。
祝日とも知らず普通通り目を醒まし、しばらく新聞などを読んだが中々仕事場から呼び出しがない。そう言えば祝日?と暦を見て休みを知った。
忘れていた休みに気がつくのは、目には見えない何よりのプレゼントになる。普通なら大急ぎでする朝食やひげそりを時間を掛けて行った。
日中晴れる予報どおりの晴天、11時ころ美術館に寄り昼食がわりにお茶を飲みラックのブルータスに目を通し、隣の草地でゴルフボールを打った。
木々は上手い具合に紅葉を進めている。
自らの色を鮮やかに変える大事業を騒ぐことなく行う。
私にはまったく叶わないこと。
その後近隣の県立公園「大池いこいの森」へ出かけた。
時期が遅かったが目的の一つオヤマボクチと直ぐ出会う。
出あい大橋を渡り左折した湖畔側に沢山ある。
ビオトープへ向かう道でカマキリがトンボを食べていた。
目玉と羽を残してほとんど食べ尽くし満足そう。
満腹のお腹が大きい。
直ぐそばで数羽のトンボが並んで休んでいた。
出あい大橋を渡って帰ってくる。
この日の本番はこれから。
私は作秋車を買い換え、一年点検を迎えていた。だが知らされた予定を既に二回すっぽかし、ディーラーさんである新潟トヨペット上越店に大迷惑を掛けた。
本日はその三回目の予定日。
3時少し前に入ってと念を押されているので、死んでもちゃんと行かなければならない。店は損失を生じているはずなので、菓子折くらい持って行った方が良いのかと考えたが邪道に思われた。うんと早く行って待つのがその印になろう、兎に角早く行くことにした。
かなり早く着いた店でお茶を、と接客スタッフさんに言われミルクティーをもらった。彼女いわく、私の担当で上司のI氏によると、お客様は美術館をしていてブログを書いているということ。読んでみたところ面白かったので何年もさかのぼって見たと言われた。南三陸町の弟のことまで読んでいて、地震のとき自分もボランティアに行きたいと思っていたとも話した。
I氏は熱心にして下さるのに、私は何度も点検予定をホゴにした。さぞかし怒っているだろう、と想像していたが、美術館やブログのことを部下に話して下さっている。
なんと言うほとけ心、あらためてお詫びをし感謝する以外ない。
大池湖畔で一年目の新型カローラ4WDハイブリッドセダン。
狭い道も大丈夫で雪に強く、燃費と加速がとても良い。
外観では色とオプションのホイールを特に気に入っている。
購入当時、外車ですかと訊かれた。
寒かった日曜日のゴルフと食事。
本日赤倉カントリークラブで友人夫妻とゴルフをした。10月下旬の赤倉は寒かったが、美しい紅葉に囲まれて楽しく回った。
良くないショットの方が多いのは仕方がないことで、もう平気になった。
美しいコース。
以下歌と演奏の「Autumn Leaves」です。
夕刻はゴルフの夫妻とラ ペントラッチャで食事した。
キノコやイカ、鯛や野菜などの美味しい料理を食べ、ちょっぴりワインを飲んだ。
デザートの風味あふれるケーキはキンボのエスプレッソで食べた。
この先、大潟区の大潟水と森公園と頸城区大池湖畔、二つの県立公園を歩き、あとは白鳥などの渡り鳥や荒れた日の虹が撮れれば、外出は十分ということになる。
週末土曜の午後の種々 新しい物と年寄りの愚痴。
寒くも温かくもない週末29日、午後美術館に寄りあるお茶人とお話した。
その際ちょっとした頼まれごとをお受けした。それが上手く出来たらブログに載せてみたいと思うが不安と楽しみが入り交じる内容だった。
例に漏れず、茶会はコロナによって開催はじめ、しつらえ、手順、作法の細部まで影響を受けた。
いまどきコロナが話題になればワクチン、症状、見通しなど話は尽きない。それでも健康で長生きするなら、いつかコロナも懐かしい昔話になるのかと話が進んだ。
たまたまカフェのお客様にお茶人のお弟子さんご家族が見え、帰りが重なり、いっとき玄関が賑やかだった。
また昔ばなしになるが、20数年前、ある会合があり二次会(死語?)のあと夜遅くホテルに向かうため六本木の通りを歩いた。その時奇妙な帽子をかぶり裾の長い風変わりな服を着た5,6人の集団とすれ違った。不思議な人達だったが、何年も経ってハロウィンだったらしいと思った。
美術館と仕事と年令のせいで、いつしか周辺のもろもろから遠ざかるようになった。それでもお客様を通して、今は何々ということが伝わり、なるほど、とおすそ分けさせてもらい、気持が旬になることがある。
話変わって本日美術館の後、電気量販店に行きプリンタを買った。今様の不思議として、何か買い物をすると、○○の特典がついたカードにしませんか、と誘われる。
この日、調べていた機種の在庫があり助かったものの、支払い後に新しいカードを中ば自動的に、古いのは使えなくなると半ば強制的?に作らされた。
自分では分単位に動いたり休んだりしているつもりの生活の中で、(店の都合で?)新たなカードのために20分も費やすのはしんどかった。また、買ったビジネスタイプというプリンタは重く、店員さんに車まで運んでもらった。
家に帰ってセットにとりかかる。
ややこしそうなので自信は無いが「取説」を見ながら進めた。インクはカセットでなく4色のボトル。ほか色々カチッと音がするまで押したり、テープを引っ張ったり剥がしたり、なんとかセット。
次ぎにパソコンと繋ぎCD-ROMを入れてセットアップした。
今や取説もCD-ROも古かろう。新旧の機種交替に関わるインストールは良いとして,途中○○の登録を、○○の会員に、と余計な案内が誘ってきて、惑わされては時間を取られた。
あれこれジグザクやって何とかセットアップを完了、試し刷りまでたどり着き、用事の写真を数枚プリントした時はふーっとため息が出た。
ところで今日、時代の動向にちゃんと付いて行く柔軟な世代の人が羨ましい。
30年前にありもしなかった方法論が等しく生活基盤として取って代わる昨今、少なくとも私はさまざまな場面でもどかしさや不快を拷問を受けるように実感する。
老人と言われてももそこそこ社会の一員として労働し買い物をし、わずかながら社会貢献をしているつもり。しかし新たな仕組みが辛いと言うと時代遅れ、年のせい、不勉強などと言われて気が萎える。
心臓カテーテル手術は確かな進化だが、社会システムとしてITは全て本当に進化なのだろうか、人の精神はみな異常なく機能しているのだろうか。実は多くは誰かの金儲けの都合ではないのか?などと考えてはモヤモヤしてしまう。
少なくとも高齢者には未だかって無いストレスフルな時代になっていると考えるが、皆さんはどう思われるでしょうか。
年寄りの愚痴と言われれば、その通りと言うほかないのですが。
11月上旬、二つの催し。
秋は一通りのお天気をずらりと並べたあと間もなく晩秋へと移ります。
11月上旬、当館に関係ある方達の二つのイベントが予定されています。本日はそのお知らせです。
●一つめ、上越市吉川区出身のチェコ在住、市村幸恵さんピアノ
&チェコが誇る「シュターミッツ弦楽四重奏団」の演奏会です。
・開場:髙田城址公園オーレンプラザホール
・期日:11月4 日(金):17時45分開場、18時15分プレトーク、18時30分開演
・プログラム:ドヴォジャーク「弦楽四重奏曲第12番アメリカ」および「弦楽五重奏曲第2番」
シューベルト弦楽四重奏曲 遺作 ハ短調 第12番
・入場券:一般前売り3000円、当日3500円(樹下美術館でも購入できます)
※市村さんはチェコ留学に際し、小生の義兄で医師の、チェコ文化研究家・関根日出男氏と親交され出発されました。
重厚な歴史の上に奏でられる平和への願い。
●二つ目大橋設計工房、大橋秀三氏の「住まい展」は無印良品 直江津店で。
・時期11月5日、6日 13;00から16:00
・ひょんなことから実現した催し。家具売り場でお話と展示です。
大橋氏のセンス「樹木の風と手作りの家。清潔な木綿の風合い」。
これらは建築にどう生かされるのでしょう。
16年前、氏が設計された樹下美術館は今でも新鮮です。
大橋氏と私は1998年、市村さんの渡欧壮行の演奏会で出会いました。
二つの特別展が終わった 晩秋の庭へ。
昨日で樹下美術館15周年の記念特別企画「齋藤三郎ゆかりの人々」展および「ゆかり上越 主体美協会のひとびと」展が無事終わった。
リピートされるなど好評の感触を得て、前者は4ヶ月、後者は2ヶ月半の会期延長をさせて頂いた。大規模館に比べるべくもないが、期間中の有料入館者数は849名、カフェを入れた入館者2489名となり前年同期より大幅な伸びだった。
当館初めての記念事業の成果は十分ではなかったかと振り返りご来館者様に心より感謝申し上げます。
閉会に当たり「齋藤三郎ゆかりの人々」で貴重な収蔵品の出品にご協力いただいた二代陶齋・齋藤尚明様はじめご好意の皆様、および「ふるさと上越主体美術協会のひとびと」で傑作を出品くださった作家さんと関係各位に深く御礼申し上げます。
最後に両展について何かとご指導頂いた小林古径記念美術館の宮崎俊英館長に厚く御礼申し上げます。
休館日の本日、展示を片付けももとの展示に戻した。
倉石隆「新旧コレクション展」、齋藤三郎「湯呑と盃」です。
作業をされたスタッフの皆さま、期間中および本日の一日、本当にお疲れ様でした。明日からまた頑張りましょう。
以下は今日の庭です。
一時心配したホトトギスが咲き秋の庭らしくなり、気が早いマユミが紅葉し始めました。
検査当日と翌日の退院。
検査日の10月20日、15時半近く看護師が迎えに来て検査着に着替えた。スリッパを履き、今や分身となった点滴スタンドを押して看護師とともに検査室まで向かう。
検査着に着替えて記念撮影。
病後一年数ヶ月、意識して7キロは痩せた。
それが心腎の保全にも良かったと思っている。
昨年の救急では真っ暗に感じていた深夜の検査室がとても明るく思われた。施術する主治医医師と担当スタッフに挨拶して十字架に似た細いベッドに両腕を拡げて寝た。前回行った剃毛や導尿カテーテルの挿入はなかった。
検査のためのカテーテルとやワイヤを通す右手親指下の動脈周囲に局麻が打たれる。痛みはこの時だけで検査終了まで何処にも痛みはない。
検査が始まって静かな室内に心電図モニタの心音がピッ、ピッ、ピッと規則的に響く。前回のピピピッ、ピピなどの不整脈とは大きな違いだ。
最後に、検査目的の一つである、ステント設置せず経過を観た狭窄血管について、病変前後の内圧比を調べる検査(FFR)が行われた。医師達がやり取りする数字から機能の回復が想像できた。検査は40分ほどで終了。動脈射入部を止血固定し室内にほっとした空気が流れた。
すぐにモニタ室に呼ばれ検査動画を観ながら待っていた妻とともに主治医の説明を受けた。結果は去る21日のブログの通りだった。
翌日の退院が9時と決まり、妻と別れ再び病棟看護師と一緒に点滴スタンドを押して部屋に戻った。夕刻に少し本を読みぐっすり眠った。
21日退院の朝は晴れ、朝食を摂って部屋を片付けた。9時頃看護師が点滴を抜きに来た。
問題の腎臓を造影剤の悪影響から守る点滴処方をした主治医先生に感謝し、忠実に実施した看護師さんたちにも同じ気持ちだった。繋がれっぱなしの点滴はもう一人の恩人に思われた。
迎えに来た妻と10時過ぎ病院を後にした。
お世話になった主治医F先生とスタッフの皆さま、そして妻にあらためて深く感謝します。
入院の種々 輝くスタッフ愚かな自分。
【点滴したままの着替え】
さて入院一日目、用意された病衣に着替えると直ちに点滴が始まった。二泊三日の入院期間中、点滴に繋がれたままの生活を送ることになる。
スタンドを引っ張って衣類などを片付け、本を読みトイレ、自販機に行った。
しばらくすると看護師が状態のチェックにやってきて、服が少し大きいようだからと小さめのを届けてくれた。だが私は高い点滴スタンドのバッグまで長いライン(チューブ)で繋がっている。着替えるにはどうすればいいのか。左袖からこの一式を抜かないと服を脱ぐことが出来ず、新しい服はその逆をしなければならない。一人で出来るだろうか。
着替えは難問だった。
まず自由な右袖を脱いでみた。左袖を通して服全体が点滴チューブにぶら下がるような形になる。次ぎは点滴を止め、ラインをバッグから外して袖から抜くのか。だがこれは露わになっている先端の針が服に接触するなど不潔を免れない。
では点滴チューブを抜かずにバッグごと袖を通せるか。見ると袖幅に余裕がありそうだった。バッグを台から外しチューブを伝って服の袖を移動、最後に袖からバッグを抜いて服を外した。
新たな服はこの逆を行った。だが一連のことは手品か曲芸のようで、万事神聖で合理的な病院に相応しい行為に似つかわしいとは言えなかった。看護師を呼ぶべきだったか。
実は翌日、点滴をしたまま検査着に着替える場面があった。この時は看護師がいて、まずコネクターの上部チューブと射入部それぞれの流下を止めてコネクターの連結を外し、露出した接合部をアルコール綿で消毒後、袖を通して脱いだ。その後新たな服に袖を通し、再び消毒しラインを繋ぎ着替えを終えた。
点滴をしながらの着替えはこれが正式であろう。遠い昔の勤務時代にはやっていたような気がした。眼前でよどみ無く行った一年目という看護師を敬意をもって見た。やはり誰かに来てもらうべきだった。
【あんかと電気毛布】
本ばかり読んで過ごしていた初日、夕方テレビを点けるとニュースは翌朝までの強い冷えを伝えた。大事な検査を控え、寒がりの自分には掛け物一枚では眠れない。
流しから熱い湯が出る。起きて傍らのペットボトルを空にして湯を満たしタオルにくるんだ。足元に置くとぽかぽかと気持良い。
これで眠れると目をつむった。
だが頭が冴えるので本を読む。
時は過ぎ看護師が預かった私の常備薬である睡眠導入剤を持って消灯を告げに来た。
ペットボトルの湯のことを話すと、湯たんぽがありますよ、入れましょうと仕度に帰った。すると今度は別の看護師が点滴チェックに現れ、あんかのことを話した。
彼は今夜の寒さは特別らしい、電気毛布があるからと、持って来てくれた。あんかの看護師には毛布の話をしました、という。
電気の掛け毛布は初めて。今度は眠れる、、、。
【不眠の原因】
しかしやはり寝付けなかった。緊張していたわけではなかったが、何故だろう。前年の入院では不眠など全くなかったのに。4時を回っても眠れず、室内が明るみを帯びたころ僅かの睡眠と短い夢を見ただけだった。
おかしい。
初めての電気毛布でもなかろう。あるいは前日午前中、腎臓の負担緩和を思って飲んだペットボトルの「生茶」のカフェインが影響したのか。
検査日の朝を迎えた。朝食を終え配られた薬を飲み、傍らのテーブルを見ると、なんと前夜もらった睡眠導入剤がそのまま置かれていた。
飲み忘れ、全く馬鹿げた原因だった。
夜間のペットボトルとあんかに続く電気毛布の一件に紛れてすっかり忘れていた。
何かの支障の原因が分かったとき、それを正せば問題は片付く。しかし不眠の原因が翌朝かわっても、薬を飲み直すわけには行かない。普段それほど効いていると感じない導入剤だが、こんな形で薬効を知るとは。
検査日朝7時ころの窓外。
駐車場はガランとしている。
9時にはスタッフ(手前)や患者さん(向こう)の車で埋まってくる。
病院スタッフ、なかんずく看護師さんたちは大変マメだ.。交替勤務で入れ替わり立ち替わり現れる。ドクターのオーダーを共有しチェックし検査に向けて齟齬なく対応する。
一方私はひとり怪しげな着替えをし、薬を飲み忘れ、寒がり、不眠に到る。輝かしい皆さんに比べ何と愚かしかいことか。
入院中の主な出来事は以上です、この先検査当日をもう少し書かせてください。
長野から再びお客様 入院の種々(くさぐさ)。
【長野県からのお客様】
去る18日、長野市から団体で来館された男性が、今度は奥様連れで本日再び来られたと聞いた。樹下美術館が気に入ったからということ、何と有り難いことかと喜びました。
本日お客様の話で、先日の皆さまの熱心な鑑賞態度はどこへ行っても同じと、伺った妻の言葉。さすが勉強熱心な長野県人だと感心しました。どうか季節が変わりましたなら又お寄りください、お待ちしています。
【二泊三日入院のわけ】
さて前年発症した心筋梗塞による入院は夜間の救急搬送だった。当直医の応急処置と診断後、冠動脈拡張術のため循環器内科医師とスタッフが招集され、深夜に掛けておよそ3時間カテーテルによる造影検査と処置が行われた。
慌ただしく動く皆さんに囲まれながら、当の私は不整と微弱で必死の心臓をよそに終始ぼんやりしたまま身を投げだしていた。
そして今回1年2ヶ月通院の後、10月19日午前、予約通り受付と循環器内科外来で手続きし、9時半に病室に入った。付き添った妻が帰ると直ぐに病衣に着替え点滴が始まった。
この度は検査前後の一日半、生理的食塩水(生食)を主とした持続点滴を受ける。私のように元来腎臓に一定の問題がある人間が負担が大きい造影検査をするには、臓器への負担が無い生食を投与し続けて造影剤による負荷を薄め軽減を図らなければならない。
外来で、あるいはせいぜい一泊入院で済む検査を二泊三日かけて行うのは、腎保護を考えてのことだった。
とても若い看護師が射した点滴部位。
これだけで前後6本の持続点滴が受けられた。
三本目から連結になった点滴。
【岡倉天心の本】
持参した「茶の本」(The Book of Tea)。
岡倉天心著 立木智子訳 平成6年淡交社発行。
明治39年英文による著作は欧米で販売され反響を呼び、
以来多くの訳本も出版されている。
原著を読んだことも見たことも無いが、この本から明治時代にあって、岡倉天心の英語力と深く膨大な教養に驚かされる。アメリカ留学歴がある天心の欧米人への訴え方は洗練されていて、いま我が国で日本文化と固有の美をこれほど上手く伝えられる人がいるだろうか、と考えさせられた。
訳者の言及にあったが、明治の文化人たちの教養は凄まじいものがある。このことは時々お会いする二代陶齋・齋藤尚明氏もよく指摘される。
このたび、これまで途中で投げ出していた本を点滴しながら二回読むことができた。
昭和62年から下手の横好きのまま続く私の茶。何らかの形でずっと続けていたいと痛切に思い、そのためにも我が心臓と腎臓にはもう少しのあいだ頑張ってもらいたいと心の底から願った。さらに天心の晩年の山荘であり終焉の地でもある妙高市赤倉に建立されている岡倉天心六角堂へ、是非とも行かなければならないとも。
本日は時間がきましたのでここで終了させてください。
後日この続き【働く病院スタッフ】、【点滴をしたまま衣服を着替える】、【寝不足の原因】、【検査と結果】などを書いてみるつもりです。
無事終わった冠動脈造影検査。
一昨日19日午前中に上越総合病院に入院、翌20日に冠動脈脈造影検査を行い一泊して本日午前に無事退院した。
昨年7月夜心筋梗塞を発症して救急搬送され13日間入院治療を行い、その後定期的に通院。この度の入院は治療成績を評価し今後の方針を決めるのが目的だった。
結果、設置された2本のステントは望ましい形で働き、これまで経過観察した狭窄部は十分な数値まで機能回復していた。
腎機能に問題があるため最も危惧された造影剤による腎への影響は、検査後最小限度に留まり、今後通院の必要はないでしょう、と主治医から伝えられた。
短い入院でしたが主治医先生はじめ担当看護師およびスタッフの皆さまには大変お世話になり感謝に堪えません。
本日は結果の報告をさせて頂き、当院の患者さんや施設関係の方々、周囲の皆さまにお掛けしたご心配やご迷惑をお詫びし、明日からまた元気に生活と仕事に向かえることをお伝えさせて頂きました。
この先、入院中のことなどを少し記載してみるつもりです。
長野県からバスが来た。
本日午後、長野市芹田公民館の絵画サークル15名様がバスで来館された。
小林古径記念美術館の後当館を訪問された。
展示室の皆さま。
とても熱心に観て頂き感謝しています。
カフェでは蓄音機を聴きたいと仰り、小畑実唄「高原の駅よさようなら」と雪村いづみ唄「ブルー・カナリー」をお掛けした。とても珍しがられ、喜んでいただいた。
私のあこがれ長野県からのご来館。皆さま本当に有り難うございました。
別所温泉に行ってみたいと思っています。
年とともにまとまってくる。
年取って老けてる若く見えるは、ひごろよく話題になる。
体のことでは姿勢やシワそして表情などが相当し、身なりや趣味、活動が印象を左右するのかもしれない。
過日ある女性の生年月日を見ると昭和11年生まれとあった。
普段あまり話をしない静かなその人を、私より二つ三つ上かなと思っていたので八つと分かり、お若く見えますね、と言った。
すると、「そうですか、私みったくなしだけど、丈夫で入院したこともないんです。わーっ本当ですか、みったくなしは本当だから仕方ないけど、親に感謝しています」とたて続けに仰った。
みったくなしは、当地の方言で美しくない、醜い、という意味。普段寡黙な人が自分の容貌、健康、親への感謝を一気に話をされたので少々驚き、嬉しくもあった。
私自身もそうだが、年を取るに従い、あれこれ考えていた自他のことに段々とこだわりが無くなり、何となくそれらが単純化されてくるのを感じていた。
この方も悲喜色々あったかもしれないが 先のように少なくとも自分について、見方がまとまってきたのかなと、ふと思った。
まとまりは割り切りといった意味でもありましょう。
健診のこどもたちと受け持ち。
過日のこと近隣の保育園で秋の健康診断があった。45年以上携わっているが園児達は昔も今も変わらずにあどけなく可愛い。
昔は鼻たれさんやひどいアトピーのお子さん、胸部に喘息音が聴こえる園児がいたのに、昨今まずそのような児を診ることはなくなった。
過日の健診で正常な呼吸音と異なるかすかな副雑音のお子さんが一人いた。傍らの園長に告げると、RSウイルスが治癒し登園してきたお子さんだという。
登園は掛かりつけ専門医の判断だと思われるが、冬に向かって増える低年齢ターゲットの本感染症は今後いっそう油断できない。
昨日16時半すぎの空。
集団で行う健診における保母さんのこどもたちに対する態度で気になることがたまにある。
当然のことながらこどもたちは程度の差はあれ、健診中におしゃべりやいたずらをし、時には走り回る。そして状況はクラスや年令により異なる。
現場では園長がそばに付いて記録し、担任の保母さんが子の名を告げながら衣服を持ち上げ、聴診などを行う。
かってあるとき、こどもたちの列がまとまらず走り回る子が沢山いて、保母さんは次の番の子を追いかけるのに忙しく、なかなか介添えが出来なかった。
一方その日あるクラスの保母さんは、左手で先頭の児のシャツを持ち上げ、間に一人を挟み、右手を伸ばし三人目の子の肩を抱え、これを繰り返し全体を円滑に進めた。同じ日のこの差は何だったのだろう。
園長さんに訊くと、経験ですねと言った。前者の保母さんは新人で、後者は若く見えるが20年の人と聞いた。
なるほど。
それにしても20年の保母さんの手際が鮮やか過ぎて、誰にでも出来るものなのか。普段の意識や情熱もあるのでは、と思った。
以前小学校健診で、騒がしいクラスの担任は始終「黙って!」「静かに!」を連発した。一見熱心そうに見えたが、そもそも良い先生のクラスがこんなに騒がしいものだろうか.。先生の声の方がよほどうるさかった。
ある時の担任が「お医者さんの聴診器の音が良く聴こえるように、みんなで静かにしましょう」と予め言い、全体が穏やかだったことが思い出される。
その昔、わずか数人の子どもがクラス全体をひどく荒らし、それが学校全体に影響する時代があった。その頃の担任は大変だった。
同じ日17時閉館間際の別の方角。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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27 | 28 | 29 | 30 |
- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 聴老(お年寄り&昔の話)
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
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- 館長の作品。
- いま四月馬鹿はどうなっているのだろう メギスの旬。
- 3月30日の徳川美術館と豊田市美術館 そして富士山。
- 週末は名古屋と豊田市へ 本日は名古屋の分です。
- 自然の末席で。
- 三月にして真夏日 初ゴルフ アイスクリーム 啓翁桜 雪割草 内山雅子さんのCD。
- 春の公園、過日の大潟水と森公園と本日の大池いこいの森公園 その付近でクジャクチョウ。
- 大好きな濱谷浩作「ホンヤラ洞で歌う子供たち」とその絵はがき。
- 小林古径記念美術館「生誕110年記念 濱谷浩展」と講演会。
- 春分の日、肌寒いが日が長くなった 啓翁桜はいつ咲くか。
- 柏崎から佐藤さん、明静院の大日如来坐像 いしだあゆみさんの訃報
- 宮崎俊英さんとあらためて倉石隆を観た。
- 25年初日 A君の書と芸術。
- 明日から2025年度の開館。
- キーボードにお茶をこぼした日,患者さんを送る 同じ日に時代劇の八幡堀が二篇 最近の夕食から。
- 今冬の冬鳥見おさめ。
- ハクガンの姿無く白鳥は少なくなり 庭仕事を始めた。
- コハクチョウの大きな群 タカが舞い野犬がやってくる 再びシジュウカラガン。
- 今年の齋藤三郎は「茶道具展」です。
- 今年の倉石隆は「男の肖像展」です。
- フカミ美術の懇親会が髙田であった 霧を抜けて三和区の喫茶去へ。
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