ハクガンの姿無く白鳥は少なくなり 庭仕事を始めた。

2025年3月8日(土曜日)

午後水鳥たちを探しに回ったけれどコハクチョウもガンも小さな群を観ただけ、あのハクガンの長い列も見当たらなかった。私の探索範囲は狭いため何とも言えないがかなりの鳥は北へ帰ったようだ。ただマガンはまだ多く留まっている印象があった。

今冬はハクガン、コハクチョウに十分楽しませて貰い、最後は思ったもみなかったシジュウカラガンと二度出会い、カメラにも収めた。後半は思ったよりも厳しい冬だったが鳥に感謝し、来年また沢山来てもらいた。

溜め池にいたミコアイサ。
かなり悪いヒモ風。

ほぼ雪が消えている美術館で少しばかり庭仕事。
昨秋に元スタッフのAさん宅から貰っていたタカサゴユリの種を蒔いた。

花殻を割り種を採る。
何千何万?という数の種。
まだ沢山残っている。

用土にまぶして蒔きざっと撒水。

かって同じ種を貰って蒔いたがA宅では花が咲き、我が庭はダメだった。多分出た芽を雑草と見て皆取ってしまったらしい。今年こそは慎重に扱い夏の終わりはタカサゴユリの園にしたい。

一旦蕾を付けたクリスマスローズはその後積もった雪の下になっていた。もう大丈夫なのだが随分変形している。寒かったことだろう、ご苦労さまでした。間もなく温かになるので一休みしてください。

2月1日、雪の前の同じクリスマスローズ。多雨、雪、乾燥、寒暖etc、どんな花もコンスタントに維持するのは難しい。

春を待っていたのは雑草も同じ。
昨春は大変だった。

今冬後半の雪により例年に比べてずっと遅くなったが一先ず庭に関わった。長時間ではなかったものの急に始めたので足腰が傷む。
もう少し暖かくなってもらいたい。

コハクチョウの大きな群 タカが舞い野犬がやってくる 再びシジュウカラガン。

2025年3月7日(金曜日)

降ったり止んだりを繰り返した一帯の雪は止み積雪も僅かとなりつつある。本日は寒かったが日足は春に向かっていることだろう。

記載が遅くなりましたが、去る3月1日土曜日午後、鳥たちを見に出かけた。柿崎、吉川の区が跨がるような場所でコハクチョウの大きな群を見た。200メートルほど帯状に集まり、一部にガンが混っていた。群はこれまで見てきたなかでも最大クラスの大きさだった。

しばらくすると左側の一群が急に飛び立った。普段白鳥は人や車が近くを通っても飛び立たず、せいぜい後ずさりをする程度なのに。

食餌や休息をしていた鳥たち。

突然群の一部が飛ぶ。

残った群は一斉に首を伸ばし緊張が伝わった。

野犬と思われる大きな犬が
脇の畦を歩いてくる。
見事に揃った白鳥の反応。

犬は群のすぐ近くを歩いたが殆どの白鳥は飛び立たず、一斉に首を伸ばし左を向き犬が通り過ぎるのを待った。彼らには横から後ろの一部が見えているはずで、敢えて犬と視線を合わさず横目で見るのが警戒姿勢のようだった。

犬は襲わず白鳥は動かず、犬の通過から1,2分して全てが元に戻った。
万一犬が襲った場合、見かけによらず攻撃力があるという白鳥は一斉に反撃したかも知れない。また犬はそれを知っているのかもしれない。

犬が来る前にはタカが上空で舞い。

電柱に止まると、
鋭い視線を向けていた。

水田に広がり優雅に過ごしているかに思われる白鳥も空と地上からの危険にさらされていることが垣間見られた。

ハクガンはまだ滞在しているかを確かめるのが探鳥の目的だったが、ここでは見当たらず頸城区へと向かった。

頸城の何カ所かでコハクチョウの群を見た。その中の一つにシジュウカラガンが混じっていた。

2月28日の群と同じかも知れない。
やはりさほど人を恐れない印象。

白鳥対し白黒のコントラストが
魅力的。

コハクチョウの口元。

コハクチョウの口元を追ってみた。この時期ぬかるんだ田で稲株の下に首を突っ込み根を食べるのをよく見る。しかし本日はそうせず、雪面や古株をクチバシですくい、落ち穂や二番穂の米を探している風に見えた。餌はそれで十分なのだろうか。

明日からの週末、再度コハクチョウやガンを見てみたい。週が明けると気温が上昇するらしく、今年最後の探鳥機会になるかもしれない。

今年の齋藤三郎は「茶道具展」です。

2025年3月6日(木曜日)

今年度の齋藤三郎(陶齋)の展示は茶道具です。茶道具には鉄器、竹細工、漆芸、木工など多くの分野の道具が含まれます。三郎の制作には陶芸と書画がありました。

この度はお茶会で用いられる齋藤三郎の陶芸作品を中心におよび床の間に掛けられる書画も併せてご覧頂くようにしました。
倉石隆の絵画とともに年間を通しての展示になります。季節館あふれるさわやかなお茶道具をお楽しみください。

齋藤三郎「お茶道具展」のポスター
私にしては上出来?

倉石隆の絵画とともに年間を通しての展示になります。齋藤三郎(号・陶齋)の温かく柔らかみのある器と書画をお楽しみください。

 

今年の倉石隆は「男の肖像展」です。

2025年3月4日(火曜日)

本日ようやく樹下美術館今年の倉石隆展の告知とポスター、チラシ原稿が出来た。
スタッフたちも材料などを渡せば出来ると考えるが手を付ければ足りない材料、資料が出てくるのでやり取りしなければなない。
それで下手くそでも自分がやるのが早かろうということで今年も自分で作った次第。

今年の倉石隆は「男の肖像展」にしました。わずかな作品を集めてテーマを決めるのですが、作品の持つ雰囲気を繋いで並べ男性の半生をストーリー的に表現してみた。個人的に気に入った展示になろうと期待しています。

ポスターはアピールポイントを決め、ある程度抽象化してインパクトを出すのが大事だと思われます。しかるに出来上がったのは展示作品全てを入れ、技術も無く説明的いわば実用的になってしまいました。子供のころからの性分で抽象化というとどうも頭が回らないのです。

実は収蔵作品に大変大きな男性像が一枚あり、それは恐いほど圧倒的なので、あまりのことにこの度は止めました。

展示には作品の原題や制作年を表示します。しかし結果として上掲のファイルではほぼ制作年に沿って並びました。一般に作品にご自身を投影されたものが多くみられる倉石氏ですから、孤独を愛し、何度も夫人を描いた氏なりの半生が滲む会場になるとに思われます。
ファイルの右下に真っ白なカンバスを立てた画室の隅に奥様がモデルとして立つ絵をいれました。倉石さんは画面のこちら側に居て、さあ描こうかと言っているのでしょう。姿はありませんが、自分が主人公でもある作品ではないでしょうか。

今年は企画展なしで最終の12月15日まで同じ展示をする予定です。
齋藤三郎の「茶道具展」は明後日に掲載させてください。

フカミ美術の懇親会が髙田であった 霧を抜けて三和区の喫茶去へ。

2025年3月2日(日曜日)

本日終日静かに雨が降った日曜日。髙田は寺町の長養館でフカミ美術主催の懇親会が催された。過日の小山作之助行事に続き挨拶と講話のお鉢が回っていた。

会場は寺町長養館、さすが海辺の大潟と違い髙田は雪が多い。

寺町の風景。

40人ほどのお茶人が集まる会なのだが教養的な解説話は苦手。ならば2017年4月に新潟市を来訪された裏千家お家元への呈茶の体験談談に決めた。
かってのブログに掲載済みの8年前の前代未聞の出来事。前もって不確かな事を当日同行した妻に尋ねて仕度した。
時間は15分程度と短く、要点を拾って話した。会場にはその日新潟市でお手伝いをして下さったお二人方も参加されていて懐かしい話でしたと仰った。

ブログを読むと8年前の自分がとても若く感じられる。
まあいい、人生いつでもその時々に「何かを始める」事を重ねれば、気持だけでも若くいられるのではと思った。

長養館の行事を終えて三和区にある「喫茶去」へ行った。どういう訳かそこへは寒い季節に行く。本日は道中霧が立ちこめ雪も多く例年とまた違った三和区山高津行きだった。

髙田を出ると途中濃い霧がかかっている。

 

山高津は霧が晴れていた。

 

喫茶去。

GACKT氏が来店して10数年が経ったという。

店内はアンティークが一杯。
時計の棚の奥にアール・デコが見える。

 

古民家の店内。

私は病院からカフェインを止められているのでデカフェをお願いすると対応して下さった。

ご自慢のフレンチトースト。

プレートにはアイスクリームや天津甘栗などがあり見た目から美味しそう。詳細はとにかく自分への褒美として食べ、夕食はサラダだけにした。

このところ何かと忙しく予定の美術館の告知は来週に回りました。
今年の齋藤三郎は「齋藤三郎の茶道具」、倉石隆は「倉石隆の男性」です。
遅れて本当に申し分けありません、どうか宜しくお願い致します。

シジュウカラガンに初めて出会った 北帰行が始まっているのだろう。

2025年2月28日(金曜日)

気がつけば2月は最終日になっている。沢山楽しませて貰った冬の水鳥たちには北へ帰る日が近づいている。

本日は暖かく、髙田の最高気温は12,3℃だった。例年15℃前後が続くようになると鳥は次々に北へと帰る。そんな時期にさしかかる本日昼休み、頸北の田圃を回ってみた。

興味があればやはり行ってみるべきなのであろう、いつもの場所に着くと初めて見る鳥がいた。
コハクチョウの小さな群に黒っぽいガンが10羽ほど混じって動いている。個体はマガンよりも小さく,コハクチョウと同じように道路が近いのにたいして人を恐れず一緒に探餌していた。

カモ?と思いながら撮ったモニターを見ると顎の辺りがベージュ色。図鑑で目にしていていつか見たいと思っていたシジュウカラガンだった。それが目の前に10羽もいて盛んに動いている。

なんて幸運なんだろう、お洒落で可愛い鳥だった。

シジュウカラガン。
シジュウカラに似たツートンカラー。

シジュウカラガン絶滅危惧IA類 (CR)環境省レッドリスト)に以下の様に絶滅危惧種の筆頭として載っているまだ貴重な鳥。

 

少し行ったところにオオヒシクイが
マガンとコハクチョウに混じっていた。
ダイバーシティは互いが健全でいる証し。

柿崎に向かって田の雪が少なくなるので餌が獲れるので随所にいた。

憩うコハクチョウたち。

雪シーズンを越えた本日のモズ。

恐らくすでに北帰行は始まっていて、南からやって来た様々な一群と当地の鳥たちが入り交じっているのではと考えられた。何千キロ先の目的地を目指して飛ぶので途中には幾つか中継地が必要で当地もその一つにちがいない。それにはねぐらのための湖沼と餌場になる雪の少ない水田が必要で、朝日池と頸城平野が相応していたのだろう。
いずれにしても冬場にスケールの大きい渡りをする鳥類を観ることができるのは幸せなことだと考えている。

間もなく一帯の空も地も空っぽになる
春は賑やかな一方美しくも強靱な冬鳥は姿を消す
また会えるからいいか、、、
人生の春秋、諦めと希望を一緒にして胸に納める

明日から3月
雪、雪、雪と思案して過ぎた冬が終わる
今日はシジュウカラガンに出会えて本当に良かった

温かな日に訊ねたお宅 柿崎海岸 首輪のコハクチョウ。

2025年2月27日(木曜日)

我が儘言って休日にさせて貰っている本日木曜日。暖かく晴れた柿崎海岸へ行った。

去る2月9日の当欄で強風のカモメを掲載して半月、陽は高く明るくなり海も春めいてきた。

 

シーグラスと貝殻を拾った。

帰路は白鳥をみるため新井柿崎線(県道30号線)を走ると水田のあちらこちらに群がいた。

水鳥が憩う様子は大変に可愛い。

午後あるお宅にお呼ばれしていた。

おひな様が飾られたお家で、時代を色濃く反映する人生を歩まれたご夫婦の話をお聴きした。奥只見の開発の渦を体験され、新潟地震は佐渡で津波前の引き波を見、凄まじいバブルを乗り切られ、奥様と仲良く旅されたヨーロッパ各地。はじめて聴くご夫婦の話にはとても勇気づけられた。

お宅を辞して鳥を見に行った。
かなり暗くなったが鳥たちはまだいた。以下の写真は陽が落ちてしばらく後の5時15分過ぎ。遠くの車はみなヘッドライトを点けて走る時間にも拘わらず熱心に餌を食べていた。

ねぐらへ飛び立つのを見ようと待っていたが、まず私達の食事時間が近づいたので鳥より早く帰った。

ところで日中と夕刻の二回同じ場所を訪れたところ首輪を付けた2羽の個体がいた。いずれもモニターで拡大して確かめた。

午前に見た首輪のコハクチョウ。

夕刻の首輪のコハクチョウ。

首輪は黄色と赤に見え、両者は異なる鳥のようだった。ネットに標識コハクチョウの報告サイトがあった。残念ながら標識番号の同定は出来なかったが,それ以外を記載して届けた。

午後伺ったお宅は患者さんのお家。周辺は田圃、奥様手作りの食べ物は美味しくとても楽しかったです、大変ご馳走になりました。

大分県佐伯のフルーツトマト ジョージ・シャーリングの「まるで春のよう」

2025年2月25日(火曜日)

連日断続した雪は止み長い寒波は去った模様。今後週末に向かって気温が上がり12~13℃と予報されている。
いつもは短い2月だがしつこく雪に見舞われたせいか長く感じられ不思議な気がする。

こうなると融けるのも早そうで、3月になったら早春と言ってみたい。

さて知人からご家族が大分県で関わっているフルーツトマト「朱朱」が送られてきた。
粒ぞろいで中ぐらいの大きさ。口にしてみると甘味と風味が一緒になってとても美味しい。

 

色香り、味、三位一体の美味しさ。

皮が少し固めだが食味といえるし、中にいっぱい詰まった栄養をしっかり守っているようで決して悪くない。歯ごたえや風味が口に残るためすでに癖になりそうだ。


ジョージ・シャーリングの
It Might As Well Be Spring
「まるで春のよう」の邦題。

一昨日ある人が、もうこれで寒波も冬も終わりでしょう、と言った。自信たっぷりだったので本当かなと思ったが、彼の言うようになってきた。

上掲のピアノの導入と最後は小鳥たちの声であろう。懐かしいジョージ・シャーリングは全盲だったので鳥の声が好きだったにちがいない。彼のピアノは常に優しく、学生時代、ジョージ・シャーリングと口にしただけで“何を柔な”と言われそうだった。

寒波が続く 道路に降りる鳥、海岸に現れるイノシシ。

2025年2月24日(月曜日)

昨日日中一段落したかに見えた雪は夜から断続し積雪は増した。平地の積雪は目測50~60㎝、道路脇の除雪車が積んだ雪は1メートル前後に見受けられる。

すでに10日は降ったり止んだりして続く寒波は当地に平年以上と思われる雪をもたらしている。
以下は上越市大潟区の本日日中の様子です。

R8号線小船津浜からブルボンに上る
高架橋からの眺め(西方)。

同じ場所から東方の眺め。

樹下美術館の庭からの眺め。

今月はじめ上掲写真の右側の土手でフキノトウを採ったのが信じられない。「樹下美術館」は今や「雪中美術館」に様変わり。特にカフェの前には屋根の雪が落ちるのでそこは豪雪の様相です。

近くの屋根に雀が三羽。

雀は道路と屋根を往き来していた。雀のほか一羽のカワラヒワが濡れた道路で餌を探していた。
こうなると多数いた鳥の群はひと組数羽など個体数を減らして多数分散し、乏しい餌でそれぞれが生き延びようとする。

さて我が区の浜沿いの県道に数日前イノシシが出て二人?が噛まれて負傷したニュースが流れた。普通イノシシは突進して人を負傷させるが、今回いずれも噛んだというのだからよほど空腹だったのだろう。

冬眠をしない彼らは餌の無い豪雪の山から下りたは良いが、平地も長期の深雪で野菜も見当たらない。ついに海岸に現れたのは、増えすぎと雪でよほど飢えていたからにちがいない。

この時期、大波が打ち寄せる海岸は雪が無く、強い風波によって魚や海鳥の死骸、ときには野菜が揚がる。
彼らが餌を求めて海を彷徨うのは異常なことだが、そこまで追い込まれたからだろう。ほかの動物、鳥類もひもじい思いをしているに違い無い。

懸案の小山作之助生誕160周年記念イベント最終回が終わった。

2025年2月23日(日曜日)

昨年来懸案の小山作之助生誕160集記念事業の三つ目最終回が本日開催され“無事”終了した。心配された長期寒波は小康となり新潟市からのゲストの皆さんも無事に到着された。

本日昼の潟町の通り。

上掲はプログラムの一部です。

ロビーにおける作之助の資料、写真の展示及び講演、さらに演奏の準備は大変念入りに行われ進行は完璧だった。市長、実行委員長の挨拶に続いて私の講演。
荷重くも記念講演と冠されているので粗相は許されない。折角だからほとんど語られることが無かった事柄を中心にタイトル「小山作之助の系譜・中島幸子と欧州」を話した。
緊張しながら作之助誕生前後の時代背景と生誕に関係する親族の状況を前半に、後半は作之助のひ孫、ヴァイオリニストの亡き中島幸子の生涯と残された音楽の系譜に言及した。

残りの時間は一昨年春、幸子さんの国立音楽大学の先輩で音楽研究家、指揮者、音楽プロデューサーの中島良史氏から届けられた4枚組レコードアルバムからモーツアルトのバイオリンコンチェルト第3番第1楽章に針を落とし、皆さんと聴いた。

ザルツブルグで高名な教授のもとに学び、師を支え、ほどなくリサイタルに立ち、トリオを結成、ヨーロッパを巡り各地で絶賛を博すことになる中島幸子さん。日本でも何度かのリサイタルとオーケストラとの共演、NHKの放映やFM放送出演など、短い生涯にも拘わらず明瞭かつ大きなスケールで美しい足跡を残された。

彼女は大潟区潟町の小山作之助の実家で誕生している。
僅か二ヶ月余の潟町だったが上越市大潟区は彼女の立派な生誕地。この先作之助とともに語り継がれることを心から望み、この地で音楽がより親しまれ先人に続く音楽家が多く生まれる事を期待したい。

会は進行し後藤丹、上越教育大学名誉教授のお話は作之助が作曲した音楽の構成上の特徴と先進性をピアノに触れながら語られた。お聴きして、なるほど研究者の脳はこのようなことも理解するのかと驚いた。

ゲスト演奏は後藤先生が新潟から呼ばれた声楽家の梅沢ゆきのさんの歌、ピアノ伴奏は高橋雅代さんだった。日本の美しい四季を7曲、アンコールは「夏は来ぬ」だった。
作之助が育てた滝廉太郎の二曲、わけても「荒城の月」はやはり素晴らしかった。中田喜直「むこうむこう」は中田氏らしく心に響いた。数メートル先の席で聴く声楽家の命の歌声は圧倒的で聞き飽きることが無かった。

お終いにコーラスおおがたのみなさんが作之助の曲三曲と「海」を歌い有志が加わり相馬御風作詞小山作之助作曲の「潟町青年團歌」が高らかに歌われて終わった。

そう、そう、作之助イベントに捕らわれていましたら、今年の開館準備をすっかり後回しにしていました。遅くなりましたが急いで取り掛かりますのでどうか宜しくお願い致します。
開館しましたら中島幸子のレコードを皆さんと聴く機会を持ちたいと考えています。

後日記プログラムの掲載が重複し文が分かれましたこと、申しわけありませんでした。

本日会場でリハーサル。

2025年2月20日(木曜日)

本日午後から来たる23日の小山作之助生誕160周年記念行事のリハーサルがあった。記念講演にスライドを用い本などを並べるのは私くらいなものらしく、それらの調子をみるため区が時間を取って下さり、補助机の配置やスライド用パソコン及びポインターなど当日に準じた確認をした。

会場は二階、
すっかり準備が出来ている。

 

一階の役所ロビーで音楽が小さく流れていた。2月16日ここに書いたドヴォルザークの「スラブ舞曲」だった。ポータブルの小さな音源にSDカードが差し込まれ、誰のアイディアなのだろう、支所らしく気が利いていて嬉しかった。

報じられている寒波は中ばと考えられる。本日の雪は以下のようになっていた。

区総合事務所駐車場。

四ツ屋浜の通り。

ニュースに3メートル半、信号に届くような豪雪が映し出される。大自然からみればほんのわずかの事なのだろうが、地上は平穏か災害かの差にまでなる。

催事まであと僅か。お天気には小康へ向かってもらいたい。
ヒマさえあれば頭の中で講演の練習をしている。心配もあるが若干の楽しみもある。

今夜のNHK再放送は山中さんご夫妻だった。

2025年2月18日(火曜日)

今夜NHK「趣味どきっ、人と暮らしとだいどころ」の再放送で山中康廣さん(建築家)山中阿美子さん(カトラリーデザイナー)ご夫妻の台所をめぐるひと時が構成良く放映された。
阿美子さんの父上が樹下美術の常設展示作家・倉石隆氏ということでご縁があったご夫婦。ダイニングと台所だけの撮影による約30分の放映は食事とお仕事、そして二人の物語が滲む良い番組だった。

学生時代から協働されていた
お二人が設計したキッチン台。
人物は若き日のお二人であろう。

昔の新婚祝いのホーロー鍋を
見る。黄色は幸せの色。

阿美子さんが作るパンに
康廣さんが作ったレバーぺースト。
朝食のルーティン。

自分たちのキッチンと料理を
“居酒屋あみ”と仰った。

温かな時間。

二人で乾杯。

番組最後に“台所とは”と尋ねられ、
“創造の楽しい場所”とお答えになった。

パンを焼き、レバーペースト、冬野菜のラタトゥイユ、アジの刺身、モツ煮込みを番組中にそれぞれが分担して実に手際よく作られた。刺身担当のご主人、「ツマも美味しく作らないと」の言葉は素晴らしかった。
何十年も同じ道具を使い続ける生活。何とも言えないお二人の味わい。姿・顔まで似てくるのだろうか。

山中阿美子さんは私より二つ上の髙田高校の先輩。ご無沙汰していたけれどもお元気な様子で頼もしかった。夫婦でこんな風に成長できる自信はないが“何気なくも達人の域“を垣間見させてもらえて良い時間だった。

このたびの寒波初日の潟町。

一瞬にして消えたファイル ドヴォルザークの音楽。

2025年2月16日(日曜日)

日中ほぼ晴れていた本日日曜日、午後まで来たるイベントにむけて亡きヴァオリニスト中島幸子の年表を作った。しかし2時間掛かって8割方出来上がり、ファイルに名前を付けて閉じた途端、何を押し間違えたかそれが一瞬にして消えた。

スタートキーを押してPC内を検索したところ似たようなファイルは出るが、探し物は跡形も無い。残念だがこんな事が数年に一度レベルで起こり、迂闊な私の不徳、王者PCの最も怖いところだ。出来る人なら復旧させるのではないかと思うが私には無理だった。

一度脳を通過した作業だからまた作れば良いと考え直し、鳥を見に昨日の柿崎区の水田へ出かけた。米山を背に一帯の広い田に雁と白鳥の群が広がり、壮大な眺めだった。ラジオを点けるとクラシックが聞こえた。

武満徹のギター曲の後でドヴォルザークの「スラブ舞曲」が流れた。両方ともとても良かった。ドヴォルザークを聴きながら亡き関根日出男さんを思いだした。医師であるとともにチェコ音楽と文学の研究家だった氏は親族の一人だった。何度か訪ねる機会があったけれど、もっと勉強していれば気の利いた話も出来ただろうにと後悔がこみ上げた。

すると失ったファイルが再び思い出され、音楽はそれも慰めんと優しく続いた。


ドヴォルザーク作曲
作品72の2「スラブ舞曲」

遠くで一斉に飛び立った鳥たちの群が旋回しまた下りるのが見えた。

旋回する雁の群
(ハクガンも混じっている)

数日後と予報されている寒波。あまりひどくしないでもらいたい。

雪が少ない当地 鳥たちは戻っている。

2025年2月15日(土曜日)

去る2月9日の当欄に強い寒波が始まっていることを書いた。その雪も当地では一旦消えかかったが1週間ほど前にドサッと再び降った。しかし去る13日インターネット回線がおかしくなった日の強風といっときの雨で周囲の雪はほぼ消え去ったかに見える。

上掲2枚の写真は本日午後、仕事場の前の浜線(旧国道)の東西。雪は気持程度になっている。
全国放送のテレビでは新潟県の豪雪が報じられていてしばしば上越も取り上げられる。確かに山間部は例年以上なのだが沿岸の当地は全く様子が違っている。強風と気温が僅かに高いせいではないかと考えられる。

よく晴れた本日土曜日午後。鳥たちはどうしているかなと見に行った。上の写真はよく行く場所の一つ。田圃の所々に雪だまりはあったが、陽当たりの良い畦や土手は乾き,さらさら音を立てて流れる用水は青い空を写して春を思わせた。

 

一帯の北東の一部を回ったところ、50~150羽のコハクチョウを中心としたマガンとハクガンの群が多数見られた。彼らがねぐらにしている朝日池は一時水面が雪に覆われたため鳥たちは髙田の南堀など水が露出している場所へと分散していた。それが急な融雪で再び戻って来たようだ。

来たる18日から再度強い寒波が伝えられている。冬の終わりに沿岸がドカ雪になることが時々ある。
一方で2月は暖かく一段と晴れ上がる素晴らしい日が現れる月でもあり、ゆっくり春に向かっていることだけは間違い無いのであろう。

強風の日のパソコンの不具合 美しいビバルディの冬。

2025年2月13日(木曜日)

本日日中非常に強い風が吹いた。診療所の住居建物は古いので揺れて恐ろしかった。朝方からインターネットが二時間ほど繋がりづらくなり心配したが自然に復旧した。PCの問題だったのか回線やプロバイダーなど外部の問題だったのか見当が付かなかったがとにかく復旧して何よりだった。

普段PCに障害が現れた場合、原因などさっぱり分からないまま最後は再起動や強制的なシャットダウンで復旧を計ろうと試みる。
斯くパソコン、インターネットと私は十分な疎通がないまま長年付き合ってきた。さらに近時DXからAIまで短期間かつ劇的な変革が起こり、人生の最後になって時に心通い合わないものと付き合わなければならないのかと思うとかなりしんどい。

愚痴はこのくらいにして本日の風は凄まじかった。全国各地を満遍なく20数メートルも吹き荒れて各地に被害が出た。

そんな本日、また一歩も出ずデスクワークに終始した。その代わりと言っては何だが、思い立っては屋内でバランス体操、小股早歩きと大股歩き、体幹はじめ膝や大腿、アキレス腱などのストレッチを数回くりかえし、YouTubeの頭の体操(間違い探し)を何度かして楽しんだ。


外出したつもりでヴィヴァルディの四季から冬。

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