食・飲・茶・器

ヒュウガミズキ。

2017年3月4日(土曜日)

午後遅くいっとき小雨となった。
この時期は受験や進学、入学や就職、どん詰まりの
期末、そして引っ越しなど、慌ただしさに希望と不安が
混ざり合った独特の雰囲気がある。

そのような中で膨らみ始めたヒュウガミズの蕾が心慰め
てくれる。
この花は例年樹下美術館の庭で行われる花木の開花
レースで黄色の小花をいっぱい咲かせて、一番乗りを
を果たす。

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今月15日の開館日に見頃を迎えそうだ。

これ以外、早春にトサミズキ、キブシ、マンサク、福寿草
など黄色の花が思い浮かぶ。
残雪に黄色。自然界のセンスには本当に感心させられる。

本日も茶の稽古をしたが課題がいくつか見つかった。

新潟市西大畑界隈

2017年2月24日(金曜日)

昨日午後所用で新潟市は西大畑界隈を訪ねた。

 

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↑新潟市立美術館で同館発行「全所蔵品図録」を求めた。
外国作家ではボナール、クレー、レジェ、ピカソほか網羅
されているが、カリエールの充実は特に目を引く。
国内は新潟県出身者はじめ主要な画家が収蔵されている。
時代を築いた作家たちの基礎への傾注と新しさへの挑戦
の足跡が横溢する一冊。

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↑1995年に開催された倉石隆展にちなみ、氏の作品19点
が収められている。ほしいなあ、と思うものが何点もある。

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↑行形亭(いきなりや)と旧齋藤家別邸が続く一角は新たに
石畳が設えられ、さらに格調高くなっていた。

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↑一心に春を待っている旧齋藤家別邸の庭から。

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↑庭の椿。

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↑用が済み、近隣のイタリアンレストランでランチコースを
食した。
店の名は「ネルソンの庭」。イタリアンでネルソンは珍しい
ことだが、イギリスの人、ネルソン提督へのシンパシーか
ら名付けられたらしい。
いずれも美味しい前菜、パスタ、デザート&珈琲で1500
円はリーズナブル。
庭にイングリッシュローズが咲くという店は最大100人の
ゲストが可能だという。バラの季節にも来てみたい。

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↑雛飾りの展示期間に入った新潟市。旧副知事公舎だっ
たというレストランの一角に和室が保存されている。
北洋漁業で財をなしたという田代家のおひな様が飾られて
いた。

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↑雛飾りのある部屋で見られたとても変わった照明。

海運、港湾、米で発展した新潟市は各所に往時の面影を
保存しようとする気運を感じる。
西大畑界隈には、會津八一終焉の地に建てられた北方
博物館の新潟分館、および旧日本吟行新潟支店長役宅
である美術館・砂丘館もあり、辺りは風致と歴史、文化が
結び付いた爽やかな一角になっている。

木目込み雛を作ったおばあさんはカレーをルーから作っていた 寒鱈のソテー。

2017年2月14日(火曜日)

先日は大正11年生まれのお年寄りからチョコレ
ートを頂いた。
もちろん介護者(娘さん)が用意して下さったもの。

本日伺った方は101才。
見て下さい、おばあさんが作ったおひな様です、と
隣室に案内された。
お嫁さんが仕度して飾られていた。
昨日は車椅子のおばあさんを交えてこの部屋で食
事をしたそうだ。

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↑木目込み雛(きめこみびな)というもので、人形
の原型に付けられた筋目に布の端々を埋め込ん
で作られる。
おばあさんの戦後の女中奉公時代に真多呂(また
ろ)という老舗の人形店のキットを完成させたもの
だという。
床の間の立派な軸もおばあちゃんの書。

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↑雛はやや小型で丸みのある幼顔が特徴らしい。

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ぼんぼりや梅の花で、待っている春に気づかさ
れる。

この方の奉公先は東京都内の一部上場企業の
社長さんのお宅だったそうで、夫人に気に入られ、
熱心に料理など教えてもらったという。

後こ当地に帰られてからもカレーは20種の香料
を調合してルーから作り、店にしか無かったハン
バーグやスウィートポテト、プリンなどを自作し、
カツオのたたきはワラを焼いて身をあぶって作っ
た、とお嫁さんが仰った。

最近瞑目してベッドで過ごされるが、伺うと満面の
笑みを浮かべられる。良い笑みはチョコレートのお
ばあさんや、これまで元気に長生きされた方たちに
共通している。
また一生懸命働き(学び)、悪意から遠く、心が澄
んでいる印象も皆さん一緒だ。
昨年106才で亡くなった明治生まれの方は身を粉
にして長く魚の行商を続け一家を支えられた。

このような方達は介護者とも上手く行き、途中出会
う幾つかの困難もなんとか越えて来られる。
お嫁さんも立派で、この度の雛の仕度と仕舞い一
つとっても実は大変なことなのだ。
私たちは親を看る最後の世代ですね、と仰ったが、
その通りであろう。

 

たらのソテー

弟からの寒鱈は本日ソテーになっておしまいになった。
本当にごちそうさまでした。

YouTubeに木目込み人形(真多呂人形)の動画がありま
した。これを見てどういうものか少し分かりました。

少しずつ寒さが緩む気配です。

宮城県の寒鱈。. 

2017年2月13日(月曜日)

垰を越えていると思った山陰の大雪は本日も継続したという。
何でこんなに執拗なのだろう。

本日当地は普段少ない沿岸を中心に降ったが、生活に支障
を来すほどではなかった。

弟から宮城県の寒鱈(真鱈)が贈られてきている。

1
すでに捌かれ、一見何の魚か分からないほどきれいだ。

 

2
本日は鱈汁だった。熱々の汁と身は濃厚でまことに美味しく
いただいた。

今年度の開館までおよそ一月、間もなくですがもう少しお待ち
下さい。

現象は何かの都合といえども ロイヤルドルンの小さな器。

2017年2月7日(火曜日)

続く西高東低の気圧配置による冬型のお天気。
お天気も空の都合であるが、“この便秘はお腹の都合”
などと皆様に言う事がある。
そんな時は、もう少し様子をみましょう、というニュアンス
をお伝えしているつもりでいる。

昨日、荒天は音楽か舞台装置などと書いたが、空の都合
と分かっていても、いざ悪天の外出はやはり気が重い。
在宅回りりの前に気分を変えて明るい器でコーヒーを飲
んだ。

 170207昼のコーヒー
手前の器は1880年代の高さ5,5センチのロイヤルドル
トンでとても小さい。右に少し見えるのが1920年代のリ
モージュ。
向こうにあるのはスーパーのドライフルーツのパンケーキ。

2002年大嶋画廊で初めて行った「花の肖像展」でこのような
小さな器でお客様にコーヒーをお出しした。楽しい個展になり
とても思い出深い。

本日正月三日の吉凶 塩ラーメンから若き日の外食。

2017年1月3日(火曜日)

本日正月三日目、当地の最高気温がほぼ9℃、
最低が4℃、これでは雪にならない。

夕刻に上越市は高田の本町へ出かけた。
そこで思いも掛けぬ齋藤三郎の優品と出会い、
思い切って求めた。
刊行予定の図録に間一髪で間に合い、これが
先日のおみくじにあった「吉」なのか、と思った。
但し今朝何故か車のバッテリーが上がってい
て、結局今年も吉凶交えて始まる事になった。

塩ラーメン
帰路、上越市は大潟区犀潟の大雅飯店で
塩ラーメンを食べた。モンゴルの塩、鶏ガラ
スープ、細めの麺、上手く乗っているネギ、
みな素直で美味しかった。

私は塩系の麺類が好きでタンメンも良く食べ
る。
その昔、昭和30年代半ばの浪人時代、予備
校のある代々木の店で、行けばタンメンばか
り食べ、野菜の中から時折顔を出す小さな豚
コマを喜んで摘まんだ。

当時、薬「キャベジン」からキャベツが脚光を
浴び、胃に良いからタンメンはキャベツの大盛
りを頼むと言う先輩もいた。
タンメンの上にキャベツの千切りが山と盛られ
て出てくるのを食べたことがあったが、あまり
のことに胃に良いとは思われなかった。

東京工大がある大岡山が長く、そこの「味楽」
という店によく行ったし出前も取った。
思えば出前を普通に考えていたが、手間と人
手は大変だったのではないだろうか。
わざわざそのため、修行も兼ねた若者を雇っ
ていたようにも思われる。

味楽ではとろみが付いた味楽メン(天津麺だが
やや甘い)が美味しく重量がありよく食べた。
ちなみに味楽の親方は旧東頸城郡は松之山ご
出身で、出前持ちの子は中卒後間もなかったの
か、ぎょろりとした目の坊主頭でとても若い人だ
った。
無事なら70才近くなっているのでは。
新年は自分の心配より人の心配、どうされてい
るだろう。
大岡山にはもう一軒、小上がりがある「大福」と
いう新潟県出身のご飯屋さんもあり、アジのフ
ライなどはふっくらと揚がり、白菜のお漬け物と
真っ白などんぶりご飯が美味しく、近くの先輩た
ちと良く行った。

あるいはお金が無くなると、いらっしゃいませー!
と奇妙なイントネーションの鼻声で迎える、これ
もとても若い女の子がいる食堂で「めざし定食」
を食べていた。
目刺し一皿と生卵、お新香や味噌汁が付いて
いたのか、案外これも普通だった。
弟はおぼえているだろうか、よくこの子の「いらっ
しゃいませー!」を家で真似して笑った。

ああなぜ昔のことをこんなに良く覚えているのだ
ろう。
今のことは世間に「食堂」という店がまだ有るのか
どうかも分からない。

昨日洋梨、本日は熊本の柑橘。

2016年12月29日(木曜日)

今年4月、思ってもみなかった熊本地震に驚かされ
た。
たまたま学生時代の部活の先輩が市内で被災され、
わずかながらお見舞いをした。

最初の一段落のあと、スイカが送られてきて南国産
の美味しさに目を見張った。
そしてこの度みかんなど10種もの柑橘類が届いた。
こんなにして頂いて恐縮だが、当時こちらからお届け
した米や日本酒が美味しく、勇気づけられたと仰る。

 

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沢山頂いたオレンジ類の一部を皿に盛ってみた。
南国の香り一杯のみかんのほかネーブル、ハッサク、
マンダリンなど10種類近くが詰められていた。

風が渡る広大な水田の風景も良いが、当地に少ない
果樹園は一種あこがれがある。
昨日の洋梨、本日の柑橘、いずれも皮をむきながら一
息つける優しい食べ物で有り難い。

今なお復旧に忙しい熊本市内、病院の外壁のヒビ割れ
などは、手つかずのままだという。

冬の空、洋梨。

2016年12月28日(水曜日)

“良いお年を”、患者さん達と交わす時、これまでよ
り重みを感じるようになった。

日本海の積雲
↑本日午後日本海の大きな積雲は餅のようだ。

161228米山の降水雲
在宅回りの帰路の米山は降水雲にけぶっている。
局地的にみぞれか雪が降っているのだろうか。
日中4,5℃の気温はいつ雪になってもよい寒さ、しかし
降らないまま冬の一ヶ月が過ぎようとしている。

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↑上越市大潟区はナショナルカントリーのルレクチェ(左)。
右、山形県産ラフランス。お相撲さんのようだが、この先暖
まった部屋で食べる洋梨など果物は冬の楽しみの一つ。

樹下美術館の2016年度が終了した。

2016年12月25日(日曜日)

本日は今年度の最終日、名残を惜しまれるよう
に一人また一人、あるいは冬休みの宿題をなさ
る親子さんなどにも来て頂き、樹下美術館が終
了した。
今年は昨年よりわずか余計に来て頂いと聞いた。
ご来館の方々にはただただ感謝するばかり、本
当にお世話になりました。
特別な事は無いはずだったが、終わって家で近
しい人たちと、弟が育てた豚の煮込みなどで食
事をした。

○写真家であり独自の養豚を行っている弟、杉
田徹の最近の仕事が富士ゼロックス社のグラフィ
ケーション電子版に「フィレンツェ 凝視とその微
笑み」として掲載されています。

 

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↑20年も前、長男が中国からヨーロッパまで
バックパッカーになって旅した折、土産として持
ち帰ったショットグラスで英国のシングルモルト
を皆さんはちゃんと、私は少しだけ頂いた。

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↑最後にいつの間に用意されていたケーキを
食べ、誰言うともなくクリスマスの歌を歌った。

次年度は2017年3月15日(水曜日)から始ま
る。
それまでの冬休みは、きっとあっという間に過ぎ
るにちがいない。


1972年、ギルバート・オサリバンの「Alone Again」。
私たちの悲しみや孤独に代わって貴公子のよう
な英国の青年が現れ、この歌を歌って世界で愛
された。
(メロディは穏やかだが、歌詞は痛ましい)

 

クリスマスイブの夕 ジャボニズムの器。

2016年12月24日(土曜日)

時折のみぞれをまじえて雨が止まなかった本
日はクリスマスイブの日だった。

子供時代や若き日はともかく、今それは特別な
日ではなくなった。
年を取ると何故か特別ということが面倒に感じ
られ、同じであることが有り難くなる。
それどころか変えない事を維持することには、
努力も価値も存在し、成長さえ期待出来ると思
うようになった。

今夜は聖夜、多くの人が祈っているに違いない、
夜には風雨が収まりとても静かになった。

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↑今夕刻のカフェの絵「午睡」(篠崎正喜氏作)。
女性が居眠りし、外で男性が飛行機のおもちゃ
を持ちガラスの毬をついて待っている。
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↑食後に食べたケーキ(お世話になっている
キャラメルさんの品)。

 

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↑使った器は1880年頃の英国はアダレイ社の
もの。
壊れそうなほど軟らかで、時代の跡も見られる。

この器の年代は先日観たゴッホやゴーギャンが
が懸命に制作した時代であり、ヨーロッパは浮世
絵などのジャポニズム文化がブームだった。

上記のカップ&ソーサーとケーキ皿のセットにも
梅の枝や巻物のようなものが描かれていて、日本
趣味が窺われる。

 

IMG_9514 - コピー
↑「ゴッホとゴーギャン展」で購入したゴッホの
「グラスに生けた花咲くアーモンドの木枝」の絵
はがき。
1888年3月、アルルに移って間もなくの作品。
アルルを「ここはまるで日本のようだ」と喜び、
自然の隅々に眼をやる日本人の生活と精神に
思いを馳せ、感嘆している。
当作品は大好きな日本を想いながら描いたも
のと考えられ、春の陽光と花に幸福感が漂う。

いよいよ今年の樹下美術館も明日一日を残す
だけになりました。

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