明け暮れ 我が家 お出かけ

冬、果たして本番は ホタテの頂き物と懐かしい食事。

2024年12月9日(月曜日)

当地よりも僅かに内陸の髙田の最高気温6,9度とあった。海辺の当地は風があるため体感は数度低く感じるのではないだろうか。寒波が来て三日目、本日も夜間早朝に降った雪がうっすらと地面を覆った。

大潟区、本日昼頃の庭。

 頸城区、美術館の様子。
5キロの違いで雪が異なる。
逆のこともままあり一概には言えない。

北東の空。

雪もそうだが降り続く時の空は暗い灰色一色になる。それに比べ寒波といえど晴れたり降ったりの空は多様でそれなりに面白い。

冬、なかんずく雪の本番は何と言ってもこれから。クリスマスや正月の節目を目がけて酷い寒波に襲われることも希ではない。何度も書いていることだがくれぐれもお手柔らかにお願いしたい。

それにしても雪囲いを行い、何通りもの履き物を仕度し冬向けにタイヤを交換、除雪機の準備など何かと皆さんのお世話になりながら冬仕度をする。生活は便利になったけれども雪国の冬はやはり面倒が多い。

最後は愚痴になりました。

忘れものがありました、追加です。

本日美術館のトイレにあった椿。

今夕食のカレー。

 同じくホタテのソテー。

上掲のホタテは北海道の空港に勤務されているある男性からの頂き物です。今から数十年前、当時小学5年生だったでしょうか、双子さん兄姉とお母さんの三人を家に呼んで一緒にカレーを食べたことがありました。
当時からお兄ちゃんは空港の仕事にあこがれていて北海道で念願を叶え、お姉さんは可愛いまま他県でお母さんになりました。冬だったと思いますが、こんな頂き物をすると温かそうなセーターを着てお行儀よく食事をした兄姉お二人の様子が蘇ります。
※この記事を読んだ妻が、当夜の食事はスパゲッティーだったとのではということ。よそのお子さんには辛みの加減があるのでカレーは出さなかったと思う、ということです。
なるほどです、失礼しました。

初雪?の日 最近のお客さん 買い物の日。

2024年12月7日(土曜日)

朝方うっすら白くなったらしいので初雪になるのだろうか。
午前の仕事を終え美術館に出向いた。妙高市の美術家東條麗子さんがお見えになっていた。現在展示中のジョケラ氏は地域の外国人をはじめ皆さんに驚くほど顔が広く館内は連日内外の方達で賑やかにしてもらっている。

昨日はニュージーランドご出身の男性や設計家のA子さんが見えられた。ニュージーランド男性は映画「ふみ子の海」の撮影で使われた髙田の名建築・旧小柳医院を改築、所有されておられる。
ジョケラ氏のお知り合いは自然志向が強いこと、創造や造形を得手とされ、古きを尊び自由な雰囲気を有しておられるのが共通している。
ニュージーランド氏は山田五十鈴や高峰秀子、乙羽信子が好きだと仰り、蓄音機のこともよく御存知。最後はカフェの蓄音機に手許にあった三橋美智也の「相馬盆唄」を掛け皆で盛り上がった。

本日東條さんからは長く主宰された垣根の無い「スタジオ・ゼロ」での「実験」の話、熱心なある写真家の生活、そしてお身内の介護など興味深い話をお聴きした。彼女は私と同世代でお元気、とてもシンパシーを感じた。身につけておられたアウターが鮮やかでお似合いだった。

美術館を後にしてイオンへ行った。今夏両眼の白内障手術をしていたので遅まきながらメガネを新調するのが第1の目的。いつものメガネ館で慎重な検眼をしてもらい、気に入ったフレームに出会えた。ついでに旅行用のリュック、来年度の手帳や運転用の手袋も求めた。
12月と買い物の相性やお元気な東條さんとお話したせいなのか、不思議と気持が高まり久し振りの買い物は楽しかった。ただし突然のセルフのレジに困惑した。説明の方が付いていなければどうなっていたことだろう。

以下は冠雪した近隣の山々。頸城連山。

米山。

尾神岳。

外出中車の外気温は3から4度だった。日中一帯に積雪は無く一旦少し気温は上がるようだが来週末には再び雪マークが現れている。
しばらく見ていない白鳥たちは雪国らしい寒さとなり喜んでいることだろう。

雪が足許までやってくるとほどよい緊張感をおぼえる。しかしドカ雪だけは勘弁してもらえないだろうか。

時間を掛けて押す注射 ほぼ一年振りに替えた机上メモ。

2024年12月3日(火曜日)

午前は曇り、午後雨降り、夜は上がっている三日火曜日の夜中。今年も少なくなった。

例年どおりインフルエンザのワクチンを行っている。注射法では、特に小学校低学年ころまでの人には「優しくやるからね」とか「そーっとやりましょう」などと言ってから時間を掛けて注入する。
痛いがすぐ終わるのと、痛みは少ないが時間が掛かるのではどちらが良いか、今も迷う。だが火が点くように泣かれたり大暴れたりされるよりは良いかと思い、ゆっくり打つのを続けている。

続けていると言えば、数日前に机上の大きなメモ用紙を更新した。このメモをいつから始めたのか調べてみたら2020年2月19日のブログに前年の8月19日からと書かれていた。仕事やブログで調べ物がある場合、ちょこっとメモするのに便利ではないかと感じ、5年近く続いていることになる。

上掲の紙は今年1月6日に更新したもの。手前から書いて行くので、途中上下逆さにして使う。用紙はカレンダーの裏などを用いている。鉛筆、ボールペン、マーカー、ほかに赤、黒など色も変えながら、あるいは囲みを付けて使う。お茶をこぼしたりするので汚れている。

今回は少し小さめの用紙。

ある日の美術館で、“私も同じように机上メモを始めています”と仰るお客さんと出会った。その後続けておられるでしょうか。

本阿弥光甫のお茶碗で飲みたくて木村茶道美術館を再訪。

2024年11月28日(木曜日)

先週の日曜日に柏崎の木村茶道美術館を訪ねた事を3回にわたって書かせて頂いた。お席の晩秋の趣き、駐車場の事、郊外の野道などを記した。その折、当日お正客に出された本阿弥光甫(号:空中)のお茶碗があまりにも素晴らしく、年内にもう一度伺い是非ともそのお茶碗で飲んでみたいと書いた。

帰宅して光甫の素晴らしさを妻に伝え、もう一度行くが一緒に行かないかと話した。本日休診の日、風強くあいにくの空だったが二人で出かけた。

不思議な事だがライトアップは終わったのに園内の紅葉は前回よりも鮮やかだった。

お正客になれれば空中の茶碗で飲めると踏んで時刻を計って到着した。だが順番通りにならず目指す茶碗に当たらなかった。しかし有り難い事にスタッフさんは私も飲めるよう配慮して下さった。

最上屋製のお菓子「初霜」
リアルだが美味しい。

赤楽と名付けられてはいるがカテゴリを越える素晴らしい茶碗。しみじみとした風情、ひたすらデリケーで美しいとしか言いようがない。思わず空中とはどんな人だったのかよぎった所、「私はここにいます」と茶碗が答えている気がした。
当初から人気で美術館のポスターになっているが、長年の使用により変化が進み実用の限界に来ているという。それで今年限りで仕舞う予定と説明された。

ああそれならなお再来して良かった。願いがあれば諦めてはいけない、本当に今日来られて幸運だった。
出されたお茶を服す。柔らかでほどよく熱い。大切な茶碗にしっかり両手を添える。碗は思ったより歯ごたえがあった。名残を惜しんで五口で飲んだ。お別れなのでもっとしっかり吸い切りをすれば良かったと思った。手にしている間、茶碗は身を固くして少し緊張しているように感じ、意外に大きいと思った。

上掲は前回撮影し忘れていた宗旦の花入れ。詫びに徹した人らしくひたすら簡易。だが長く愛された年月の重みが現れている。ミソハギの紅葉とハマギクが時を惜しんでいた。

以下帰路の園内。秋は詰まりに詰まり、木々と落ち葉は渾身の鮮やかさだった。

 帰りの福浦八景はひどく荒れていた。

荒れるのもご馳走のうちか。

 美術館に帰るとスタッフが
ホットサンドを作っていた。

新潟からお見えのお客様、ホットサンドは如何だったでしょうか、お寄り頂き有り難うございました。

木村茶道美術館の貴重、庭園の紅葉ライトアップと駐車料金。

2024年11月26日(火曜日)

一昨日は柏崎市の木村茶道美術館を訪ねたことを書かせて頂いた。しかしまだまだ貴重なエッセンスがある。その一つが訪問者への気遣いだ。
同館茶室は最大20名の着席が可能で、いわば大寄せの会と言える。一般に大寄せのお茶碗は正客、次客、三客あたりまで特に選んだ碗が出され、多くの場合それ以下はいわゆる「数茶碗」と称される同じ形状のものが出されることが多い。
しかし同美術館では末客まで展示室に飾られる貴重な茶碗が供される。事実今年のある席で、15番目あたりのお客さんは人間国宝の田村耕一の味わい深い茶碗で飲まれ、傍目にも羨ましかった。

当日の席で、「皆さまから同じお金を頂いていますから、最後の人まで展示のお茶碗でお出ししています」と学芸の方が説明された。またお客様により希にお道具が傷つくことが起きるらしいが、「それもまたお道具の運命と考えています」と述べられた。いずれも同館創始者・木村翁のお考えと言うことで、何と心こもった言葉だろうと思った。

一昨日のお釜の鐶付き(かんつき)は
愛らしいトンボだった。

さて斯く木村茶道美術館は全国的にも貴重な施設だが、一昨日の駐車場にはいささか不満があった。駐車場は美術館の直近、赤坂山公園第4駐車場をいつも利用している。伺った時間は午後早い時間で30台のスペースはガラ空きだった。だが普段出入り自由なのに安全ベストを着けた係り員が大勢居て物々しい。小屋の窓口に寄ってと言われ1000円の料金を払った。松雲山荘の紅葉時期なので有料になっているらしかった。


同所はどう過ごしても1~2時間であろう、1000円は如何にも高いと実感する。但し書きにライトアップ駐車場運営協力金として、と書かれていた。時刻は午後1時頃でライトアップでもない。それに備えた協力金と理解するにしても、一般的に公共の駐車場は2時間居てもせいぜい200~300円程度ではないだろうか。

この日、お茶が終わりスタッフさんと言葉を交わしたときに“今年の紅葉は1000円も駐車料金を払った割りにいまいちですね”と述べた。すると彼女は慌てた風に“ここへ来るなら500円でいいはずです。お金をお返しするか、良ければ外のお茶席でもう一服どうぞ”と仰った。
別に入館料を払う美術館の利用者向けに500円の駐車券があるらしかった。だが現場では何も訊かれずに1000円を払っていた。美術館の応対が常に丁寧であるだけに何も説明しない駐車場はあまり良い印象とは言えなかった。

美術館を出てすぐのあずま屋に野点(のだて)席があり着物のスタッフさんおられた。美術館で勧められたように寄ってみた。

温かく美味しいお茶をまた頂いた。
お客さんの姿がなく寂しい。

次々の来園者さん。

陽が射してサザンカとともに
美しく映える場所もあった。

柏崎市は様々な宗教の寺があり木喰仏や庚申塔も多く、如何にも自由な気風と信心深さが垣間見られる。商人や文化人、茶人や工芸家、酒造家に趣味人などを輩出し多彩な文化を誇り、好きな街として暇を見ては通っている。

このたび1、2時間の駐車に1000円も取るなら、せめて東屋のお抹茶席で一服飲んで頂くなど「もてなし」を付けたらどうだろう。行列が出来るくらいでも良いではないか。あるいはライトアップに費用がかさむなら、30台の駐車場に5人6人のスタッフは要らないかもしれない。

お終いに、当欄にしては珍しく他所の不満を書き悪いことをしたように感じる。どうか世間知らずとしてお許しください。

ゴルフ場でトマトジュースの汚れを口を使って落としてみた。

2024年11月22日(金曜日)

昨日ゴルフをした。好天に恵まれあるホールで自販機に寄った。そこでトマトジュースを買って飲んだのだが、残りを飲み干すためぐっと上向きをしたところ、白っぽいグレーのセーターにポタポタとこぼした。

普段私は飲食でよくこぼすが、口が小さいためと言い訳をしていた。それでも絶えないので以前から“まえかけでも買いましょうか”と妻に言われている。特に白い衣服を汚すと大変で、時間を置くとさらに落ちにくくなり、カレーやトマトジュースが問題なのは分かっていた。

ゴルフ場のトマトジュースはすぐにハンカチで拭いたが殆ど取れなかった。プレーに待ち時間があったので試しに汚れを摘まんで口に含んだ。含んだまま噛み噛みしながら唾液をグチュグチュさせ、ジュッと吸ってみた。ジュースの味がしてそれを吐き出すと汚れが落ちているのが分かった。数回繰り返したところ完全に消えた。

5,6カ所こぼし跡があったので順次グチュグチュやっては吸って吐いた。汚れを口に含みタンパク質や糖質を溶かす唾液ですすいで吐く。汚れ落としに叶っていうよう、何といってもその場で出来るのが利点では。

かくしてゴルフの成績はいまいちだったが帰って妻に報告し、本日は美術館と診療所スタッフにも話した。みなさん口を使う方法は知らないと言い、美術館ではパチパチと拍手する人もいた。
これまで自ら見出したいわゆる「裏技」などまず無いが、かって書いた「痛みの少ない注射法」はそれにひっかかるかもしれない。

今後万一ジュースやカレーあるいはスープなどが飛んで付いた汚れについて、上記の方法を試してみては如何でしょうか。特に外出先では使えるように思われます。

先日のゴルフ場で。

妙高市はいもり池の近く「ギャラリー峨々」を訪ねた。樹下美術館も紅葉。

2024年11月16日(土曜日)

本日、午後から妙高市は池の平にある「ギャラリー峨々」を訪ねた。多くの画家達が描いた妙高山の絵画はじめ古布、道具や機器類、ガラス、陶器あるいは漆器などの個人コレクション館である。
一貫したコンセプトは「手作り感」や「時代感覚」あるいは「不思議」や{愛着」と言ったもので、あるじ夫妻の郷土や自然へ愛情が色濃く感じられた。

多岐のカテゴリの中から本日は特に印象的だった猫をあしらった古布作家・なー猫さん作品のコレクションから一部を掲載しました。

古布にさらに古いほつれが
あしらわれた猫たち。

これもなー猫さんの作品か。

中央の展覧会で受賞した
大作のほんの一部から。

 翼が付いた猫を二つ求めました。
往診鞄に付ける予定です。
ラベンダーの香袋を付けて頂きました。

最後は玄関の看板と李朝の壺です。壺は茶壺でしょうか木製の蓋がついていました。とても良い風合いでした。

あるじの藤田ご夫妻、本日は貴重なお時間を有り難うございました。家に帰ると椅子に座っていた木製の猫ちゃんを美術館のカフェに置きたくなりました。

晩秋の妙高山と落ち葉が美しい午後でした。
館内にそっと流れていたジブリの音楽も素敵でした。

 

一人前に樹下美術館も
紅葉の盛りになりました。

秋晴れの日のゴルフ。

2024年11月10日(日曜日)

温かで空高く晴れた本日、友人夫妻と米山水源ゴルフ場をラウンドした。8時35分スタートだった。

風も無く池は空を写して
鏡のようだった。

混んではいたが、気心知れたお二人と、少し良寛さんの話をしたり、反省したり、褒めあったりしながら一生懸命ゴルフをした。

今ごろこんなに晴れる日があろうとは。

別れ。

2024年11月5日(火曜日)

別れ

昨日午後東北の小さな駅で電車を待っていました
向こうとこちらのホームの間に
澄んだ高い空が見え小さな飛行機雲が
ゆっくりゆっくり西へと向かっていました
ああ、あの銀色の点と短いすじ雲は
いま荼毘に付されたばかりの弟ではないのか
涙の中で小さな飛行機雲は消えていきました

一つ違いの弟は、およそ何から何まで私と違っていました。いつまでも歩けなかった私を追い越して弟は歩いたそうです。
写真を生業としながらスペインへ渡り牧童らと生活をともにし放し飼いによる豚の飼育の着想を得て帰国。南三陸町に「エル コルティッホ ソーナイ牧場」を構え、独自の飼料で豚の放し飼いを始めました。

肉は好評を博し皆さまにもお世話になり中央の名店でも扱われました。しかし家族が食べれられれば良いと言って広げるようなことはせずさらに美味しくと取り組んでいました。一方出版では淡光社や福音館書店のお世話になりました。

身体はボロボロだったと思います。結果仕事場でばったりと倒れそれっきりでした。まだまだでしたが温かな家族と地域の理解者に恵まれて幸せだったと思います。斎場でお会いした皆さまからもそれを感じました。

最近北上川の天然うなぎの蒲焼きを送ってくれて美味しく食べたばかりでした。
独自の哲学を実践した弟を悼み、不肖の兄から慰労と畏敬を捧げたいと思います。

先週末の種々。

2024年10月29日(火曜日)

10月は第4週になり空はめまぐるしく変わる。本日日中激しく降ったが午後次第に止んできた。
去る週末は髙田高校150周年記念美術展を観に大島画廊へ、帰路はお茶のみに大学前フカミ美術へ寄った。

以下は高校150周年記念美術展の様子です。

26日(土)の場内。

以下心に残った作品の一部です。額装のガラスやアクリル板の反射のため上手く撮影出来なかった作品もあり申し分けありませんが割愛致しました。

「指導将棋」三浦和子

「face」内山富佐子

「少女」津幡潔」

 「無題」山田春美

 「蒐集家の棚」岸田國昭
独創的な着想が光る。

最後に当館から
「黄昏のピエロ」倉石隆。
多くの方が足を止められたと聞いた。

大島画廊のあとお隣の髙田まちかど交流館にハローウインのカボチャが出ていて中へ入ってみた。

雁木のカボチャのお化け。

館内で、魔女の仮装をした人。

帰路の美しい夕空。
上越教育大学付近。

本日もまた開催中の高宮あけみ展の関係者方四人さんが埼玉と横浜から来館された。

お二人は新幹線でもうお二人はほくほく線で来られ、今夜は上下浜マリンホテルや湯沢で泊まられるとお聞きした。激しい雨のさなかのご来館、本当に有り難うございました。午後楽しいひとときをご一緒でき喜んでいます。

盛大だった髙田高校150周年記念展覧会は27日に終了しました。

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