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晴天の日曜日の感動音楽会 庭の花。

2023年10月22日(日曜日)

しっかり二日間降ったあと本日日曜日は爽やかに晴れた。
午前に少し本を読み、来週予定されている高齢者の認知症検査のトレーニングをしてみた。
時間の無駄遣いにも思われるが、少しは脳トレに寄与するのかなと思いながら試行した。本番はどうなるのだろう。

さて本日午後は吉川区出身、プラハ在住のピアニスト市村幸恵さんのコンサート。2019年秋共演されたチェコフィルの第1バイオリン奏者ヴィクトル・マザーチェクさんに、このたびはプラハ音楽院教授・オーボエ奏者ヤン・トゥーリさんが加わった。

会場の大潟区コミュニティプラザホールは何脚も椅子を足したほどの満席。

ドヴォジャーク、スメタナ、スーク、モーツアルト、ショパン、ショスタコーヴィッチのブログラム。知らない曲が何曲もあったが、三人がソロ、デュオ、トリオと変えながら楽しませてくれた。
これまで市村さんが何度か話されたように、チェコでは集まってはアンサンブルを「楽しむ」という。この度はまさにそれで、ある意味即興性まで感じられ、陰影の濃いスリリングな演奏会だったのではないだろうか。

市村さんの至近距離によるショパンのワルツ7番嬰ハ短調は素晴らしく、モーツアルトのドレミファソラシドの妙に驚き、三人で演奏したショスタコーヴィチ5つの小品やチェコ民謡などでは心ゆくまでスラブの情緒を聴かせてもらった。

ヴィクトルさんが編曲した「家路」、アンコールの小山作之助「夏は来ぬ」は場内に歌唱とハミングが満ちた。わけても「夏は来ぬ」のコーダが非常に良く、振り返ると同行した美術館の若いスタッフが感動のあまり涙で目を赤くし、ハンカチで拭いていた。
音楽を聴いて惜しみなく涙をこぼすのは何にも増して素晴らしい事で、私達はそれを観てまた感動したのでした。

会場は旧議場で音楽向けホールではなく、演奏者は苦労したのではと想像したが熱演でカバーし心に残るコンサートになった。

終わって市村さんと少し話す機会があった。次回は現代音楽を1曲とお願いしてみた。良いですね、というお返事だった。

このたびの音楽会を開催された頸北の吉川、柿崎、大潟各区の文化と地域振興グループの皆さま。熱意とご努力に心から感謝申しあげます、まことに有り難うございました。

美術館の庭で秋の花が日射しを浴びていた。

 

 

健康的で良い日曜日だった。

明日から始まる「絵付け陶芸三人展」の準備をした。

2023年10月18日(水曜日)

本日総出で明日からの「絵付け陶磁器三人展」の展示準備をして終了した。

今年の陶芸ホールは「齋藤三郎 壺展」、「館長の写真展」、「館長の絵画展」、「篠崎正喜展」とめまぐるしく企画展を続けた。展示構想、撮影、告知、広報、搬入搬出などが連続し非常に忙しかった。

年だからもうのんびりするのが普通なら、私の場合、年だからこそ慌ただしくなるのを否めない。慌てるし疲れもするが、何よりも張り合いが前に進ませてくれる。

展示してみると、赤絵の黒岩卓実さん、色絵金銀彩の鈴木秀昭さん、九谷の正木春蔵さん、三人の作品は等しくとても楽しい。それぞれ色が冴えているうえ筆致に緻密、軽快、繊細など三様の個性があり、特異な作風が一貫し観ていて飽きない。

キャプションと共にケースに収まった場内を見ると、力作の迫力と作品の楽しさがホールに満ち、あらためてワクワクした。

展示作業の最後は照明。渡辺電気さんにやってもらっているが高い所の作業はいつも心配で気を揉む。

 

入って直ぐの黒岩卓実さんの大きな赤絵深鉢。肌色の柔らかな地に菊、蝶などが見込みに、独特の動物模様が胴回りに、いずれも速筆で描かれ、添えられる緑に大胆で味わい深い赤が冴える。入って左回りに黒岩作品が続く。

正面に近づくと鈴木秀昭さん作品に変わる。上掲は抹茶茶碗。いずれの器も宇宙や曼荼羅の形象が金・銀・色絵によって驚異的な緻密さで埋め尽くされ、哲学的な雰囲気が漂う、

 

 最後は山代温泉の正木春蔵さん。九谷の伝統と中国や半島の研究を土台として、独特の間と一種飄々とした文様がセンス良く描かれる。かって数回窯を訪ね、食事をご一緒したことがある。

お三人とも様々な雑誌でよく取り上げられ、東京はじめ日本各地の有名店の展示会は常に好評を博している。

陶芸室の18の展示台に38作品を展示しています。
年度末まで本展示を継続いたします。晩秋から初冬へ、日々変わる空を味わいつつどうかお寄りください。

お陰様でゴルフで優勝した 弟との時間。

2023年10月15日(日曜日)

本日日曜日、小雨がちの空の下、サンシャインゴルフクラブで同業14人による今年最後のゴルフがあり、なんと優勝した。簡単な表彰式で最後に優勝者はスピーチをしなければならない。

前回優勝はいつだったか思い出せない。成績がよかったのは皆さま、とりわけ同組の3人のパートナーに恵まれたお陰。来年も仲間に入れてくださいと述べた。実はお陰はほかにも沢山あり、年取って一番前のティーから打てること、ハンディキャップが26もあること、当然ラッキーもある。

とにかく良い事があった時の挨拶は嬉しさを噛みしめながら、あるだけのお陰を挙げるのがマナーだと長年のゴルフから学んだ。ついでに挙げると、普段誘って頂く友人知人のお陰は大切で最後は親のお陰も足さなければならないだろう。
本日参加の皆さま有り難うございました。元気に過ごし是非来年も続けたい。

美しい最終18番ホール。
ちなみに50-46でした。

本日夕刻に南三陸町の弟夫婦が姉妹二人を連れて来て、家で食事を一緒した。

妻手作りのイクラ。牧村の親族の新米に掛けてもフランスパンに載せても美味しかった。

いも煮汁。

 

久し振りの故郷の弟は文化の話をしたいと言った。
日本の自然と太古の地質、多神教と一神教と文化、日本美術と西洋美術の違いの根幹、自然と神、心の本質、本音と建て前、他人の大切さ、自問の大切さ、やれやれという言葉、旨いもの不味いもの、庶民の拠り所と救い、大規模酪農の脆弱性、明治人の立派さetc、もう何から何まで話をした。

私が世の中に不味いものなど無くなったというと、いやいや不味いものはいくらでもある、という1点だけは意見が合わなかった。弟の食へのこだわりが、幼少から今に到るまで変わらずにあるのは全く驚くべきことだ。

ゴルフの後に残っていた足腰の痛みが弟と話をしたらすっかり消えていた。

二人の姪は文字通り匂うように美しく、弟は心配だろう。

良い一日だった。

「真実は美しい」 面白く有意義だった篠崎正喜氏の講演会。

2023年10月13日(金曜日)

現在樹下美術館で展示中の篠崎正喜作品。独特の美しい色彩と手を抜かない描き込み、旅情とファンジーの画家の講演会が昨日午後終了した。

氏と知り合ったのは植物画を描き始めた頃なので25年ほど前になる。細密に描くことに苦労をしている時ネットで知りメールを交換、東京や横浜でお会いし、こちらにも二度足を運んでもらった。
ご好意に甘えて作品を求めたのが、念願叶いようやくこのたびの展示に到った。

よく晴れた昨日の駐車場。

演題は「生成AIと美術」。
氏は私より少し若いだけなのに美術や思想はじめテクノロジ-、環境や健康などについて深い興味と理解を有されている。AIについては頻回に氏のブログで取り上げられていて、それは瞬く間にChatGPT、生成AIへ、美術との関連へと展開されていた。

場内の様子。

 

講演される篠崎氏。

10年ぶりの氏は一段と個性を磨かれ独自の境地へと進化されたように感じた。当日自らトライし上書きを試みた映像を紹介しながら説明された。

 

生成AIは、丁寧かつ要点を絞ってプロンプト(指示、依頼)すること。一般的になってからまだ日が浅いため、興味さえあればだれでも等しくスタートラインに立てると強調された。

まだ生成AI作品には一種の欠落や錯誤が混じるがフォトショップで自分なりに修正を試みていること、未来とくに事物の劣化や荒廃などの表現が得意なこと、あるいは作品の所有権などにも言及された。

最初の方で、カウボーが荒野で馬をを駆るシーンをA・ワイエス風に描く要求に応えた絵が示された。砂塵舞う躍動的な作品で、なるほどなるほどと感心したがワイエス独特の静謐さは今一だった。

快活に語る氏の姿勢は印象的で、取り組みには「何より楽しむこと」が大切と明言された。

南国の海と島、着物の少女をオーダーした作品。とても気に入っているとコメントされ、鮮やかさは宮崎県ご出身だけある。
※上掲3葉は端の席から撮りましたため画面が歪みました、、、。

生成AIは色々やってみているが全体として「生活感」の希薄さが課題と仰った。

後段には自らの作品の解説と、在りし日の親族とのことを描いた自筆スケッチ、さらに街で出会う人々のスケッチ作品が多数追加された。

颯爽と自転車に乗る美しい脚の娘さんや主に赤羽駅周辺あるいはアメ横や電車内、あるいは横浜で見た人々の作品が供覧された。
アジアや中南米の人々、ダンサー、変なオジサン、美しい店員、部活帰りの女子高生、格闘家、変わったおばさん、風俗嬢、鎌倉の女性などなどが、「きれいでしょ」「可愛いでしょ」「面白いでしょ」と次々紹介された。
出会った場所ではなく帰ってからサッと描くという観察眼と記憶力(印象力?)、なにより筆力にはただただ脱帽。休憩を挟み納得と笑いが絶えない貴重な2時間だった。

振り返れば後段の亡き家族や街の人々のスケッチはただの自己紹介や作品解説では無かったのではないか。実は無双「生成AI」がなし得ていない、あるいはその先にある、またはアンチテーゼとしての「様々に匂いのある生活感あふれる作品」の提案だったのかもしれないとふと思った。皆さまは如何だったでしょうか。

終えて近くの「サブリーユ」で食事を一緒した。そこでも話尽きなかった。氏はかなり前から老荘思想、特に莊子が良いと傾倒されている。他方、量子力学への興味から下世話な世間話などへも広がった。
あああのように様々な範疇への興味と洞察、そして描くことへの情熱が混然一体となって氏独自の美しい作品へと昇華されているのでは、と食事を一緒した方が仰った。まったくその通りだと思った。

幼少から描くことが好きで、多くのパトロンが付いた氏の作品。それでも描くことより売ることのほうが遙かに難しかったという。

「真実は美しい」という氏の言葉が心に響いた日だった。

篠崎正喜さんの鉛筆画。

2023年10月6日(金曜日)

月並みだが歳月が早い。ついこの間まで暑い暑いが口癖だったのに、突然寒いというようになった。暦は9月を飛ばして一気に10月、それも本日6日を迎えている。

今月17日までの「篠崎正喜展」があと10日で終わる。本日は入場して直ぐ左の一角にある鉛筆画5点の紹介です。
広く澄んだ時間が柔らかに切り取られています、

ここに5点まとめています。

「六月の花嫁」
遠くの人影は新婚旅行の出発?

「午睡」
樹下美術館カフェの大作の習作。

「遠望」

「車窓」

上掲二作とも少年が遠くを見ています。彼らには翼がありますが決して不自然には見えません。遠くを見ていた青春時代の気分が蘇ります。

「異邦人」
大人になっても翼が。

かすかな耳鳴りだけが聞こえているような一人の時間。その時間にも何人かの人がひそかに一緒にいるのではないでしょうか。いずれの作品にも自然な旅情が感じられます。

10月12日(木曜日)15時から篠崎正喜さんの「生成AIと美術」のギャラリートークを致します。入場は無料、まだ少し余裕があります。美術の最も新しく切実なテーマではないでしょうか。お暇をみておいで下されば有り難く思います。申し込みはお電話でどうぞ。

樹下美術館 電話 025-530-4155

上京2日目の護国寺、六義園、そして飯吉さん兄弟の音楽。

2023年10月4日(水曜日)

本日日曜日は午後から池袋の東京芸術劇場で音楽会を聴く日。先ずかって何度もその前を通った二カ所の東京名所、護国寺と六義園を訪ねた、

昨日食事を一緒した孫と護国寺で待ち合わせ。同寺は真言宗豊山(ぶざん)派で家の宗派にあたる。大きさは想像以上で、武蔵野丘陵の面影を残すゆるやかな起伏を生かした壮大な寺院だった。

仁王門。

不老門へと石段を上る。
赤い建物に緑が映える。
春のツツジも美しかろう。

近江石山寺のものを模したという優美な多宝塔。

酔芙蓉がひっそりと咲く大師堂。

和敬清寂(わけいせいじゃく)
の碑。

大師堂の脇に裏千家茶道、第13代家元、円能斉〔1872年生まれ)の顕彰碑が建っていた。護国寺には八つの茶室があり護国寺茶寮群と呼ばれているという。茶と真言宗開祖の弘法大師との関係の深さをあらためて思った。

時間の関係で早々に出なければならなくなり、再訪を決めて寺院を後にした。昼食は寺の直ぐ前の角のおそば屋さんで食べた。

続いて六義園へタクシーで向かったが思っていた以上に距離があって反省。

赤煉瓦の長い塀にぐるりと囲まれた公園「六義園」。その塀沿いの細い道は混雑する大通りの抜け道で車で何度も走ったが園内に入るのは初めてだった。通常は300円の入園料のところ、当日10月1日は都民の日というので新潟県民でも無料だった。

 

 

濃い緑と芝生、そして池。神宮が森なら、ここは水だった。よく手入れされていて、都心とは思われない爽やかさに驚いた。比べればあの上野動物園の無味乾燥ぶりが思い出され、同じ都なのに早くそちらにも手を付けたてと願われた。

園内で食べた氷水。

本日の本番、東京芸術劇場に向かうため再びタクシー。だが乗ったは良いが氷水のところにサイフの忘れ物をした(私ではない)ため戻るハプニング。
そんなこともあって会場到着はジャストだった。
孫が取ってくれた席は、間際だったこともあり三階だった。しかし有り難いことに2000人は入る会場全体が見渡せ大きさに驚いた。


演奏は白金(しろがね)フィルハーモニー管弦楽団。明治学院大学OBによるアマチュアフィルで、大学がある都内白金を冠としている。アマチュアといえどもステージを埋め尽くす100人を越す大編成オーケストラの迫力は目を惹き演奏が楽しみだった。
※ちなみに我が町、我が家の小山作之助が家出同然に上京し入学したのが明治学院の前身、築地大学でした。

この度上京した目的の一つは同オーケストラを指揮する汐澤安彦(本名飯吉靖彦)さんを観るためだった。
満場の拍手で迎えられた汐澤さんが団員の間を歩いてこられる。遠くに見える正装の人は、ああ70年前、中学校の学生服を着て何度か我が家へピアノを弾きに来られた飯吉靖彦さんその人なのです(当時近隣ではほかにピアノがありませんでしたし)。

中学生の飯吉さんは色白でハンサムなうえ流麗なピアノを演奏され、すでに我が潟町村のスターだった。

直江津高校を卒業後、東京芸大に進まれ卒業後は読売日響のトロンボーン奏者として活躍。かたわら指揮法を齋藤秀雄氏や渡欧してカラヤンアカデミーで研鑽を積まれている。以来長くプロ、アマを問わず多くの楽団に関わり熱心に指導と発表を重ねられた。

それなのに実際の演奏や指揮をされるのを一度もこの目で見ずに70年が経った。

始まった演奏はダイナミックに盛り上がった「禿山の一夜」から「「イーゴリ-公」のダッタン人の踊りへ。美しい調べはフランク・シナトラやトニー・ベネットの「Stranger In Paradise」でどれほど聴いたことか。
いつかはちゃんとオーケストラでと思っていたのが汐澤さんの指揮で実現し、爽やかなメロディが館内にあふれると胸が一杯になった。

休憩を挟み最後はブラームスの1番だった。人生の影と光がホールを振るわせる熱演だった。大ホールの三階に座るのは初めてで、特に管楽器と打楽器がいっそう輝かしく響く。アンコールを含めて4曲、良いプログラムで熱気に満ちた幸せな演奏会だった。

2000人近いお客さんで混雑するホワイエ。

さて汐澤さんが会いたがっているとある方から伝えられていた。終了後お疲れを考え遠慮しよう、と一旦出口に向かった。が孫が会ってみたいというので方向を変えた時、その方とばったり出会った。

彼女に案内され楽屋を訪れると着替えもされずに汐澤さんは待っておられ、満面の笑みで迎えて頂いた。80代中ばに差し掛かる先生は、背とお声が小さくなっておられたが、かっての私達のあこがれをしっかり秘めておられ、胸が熱くなった。

急に親にでも会ったように先生の肩に触れ手を握った。
すると突然、
「兄がお世話になりました」とそっと仰った。
私達は、ジャズに進まれた亡きお兄様「飯吉馨」さんとかつて親しくさせて頂いた。亡くなられて久しいが今そのことを口にされる。兄弟で異なる音楽の道に掛けた歳月と情熱が浮かび不意に涙がこぼれた。

こんな風に東京の週末は終わった。
昨夕の食事、今日の護国寺、六義園、そして飯吉さんご兄弟の音楽、、、良い週末だった。
いつものことだが、色々あっても、それなりに長生きをしなければと思いながら帰ってきた。

演奏会の入場料は都民の日サービスでしょうか、なんと1000円、上京の写真はスマホでした。

ムクゲ、パガニーニの本 悪天候のゴルフ。

2023年9月28日(木曜日)

暑くてどうしょうもない部屋からドアを開けて涼しい部屋に入ったような突然の天気の変りよう。今夏35度あたりを中心に外は病に匹敵する世界が続いた。庭や草地は焼け、私にはキリギリスやアブラゼミの声も乏しく蚊までも少なく感じた。それが4,5日で一変した。

一旦雨が降ると焼けた草地にもこもこと草が生え、心配した芝生に緑が戻った。暑さのせいなのか、美術館の若い柿は当初20数個実をつけていたのが夏の間中ポトポトと落ち続け、今7個まで減った。いくら雨が降っても戻らないので7つに掛けるほかない。

花を減らすのかと思ったムクゲが満開になっている。

去る24日、カフェで朝昼兼用の食事(妻が家で作ったもの)をカフェに持参して食べた。
立ててある本は「悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト パガニーニ伝」。2018年の新潮新書で調べが詳細であり、著名な諸音楽家との接点や時代背景との絡みが勉強になり、面白く退屈しない。例によって気に入った本は何度も読むので、すらすら読める先がたのしみ。

さて本日休診の木曜日、A氏と米山水源でゴルフをした。どんよりした曇り空は午前なかばまで持ったが、途中から強風ときつい雨に変わり、午後終了まで続いた。
氏とのゴルフは、ほかの組が止めて帰るような荒天でも大抵続ける。お金と時間がもったいないのもあるが、とにかく好きでボールを打つのを止められないのである。
スコアは103。しかし最後はパー、パー、ボギーで上がったので、すべて良しとなった。

異常な酷暑の夏。果たしてこの先の秋冬はどんなだろう。

涼しくなりました 篠崎正喜展 絵本「青いナムジル」の原画から。

2023年9月21日(木曜日)

10月17日(火)まで開催の篠崎正喜展。およそ二ヶ月の展示は後半に入りました。ご好評を頂いている展示ですが過日妻から遠来のご夫婦のお客様のことを聞きました。

お二人は、それはそれは熱心に時間を掛け作品を観て行かれたそうです。長野県の東御市(とうみし)から二回目のの来館とお聞きしたということ。一回目は当地を訪ねたおよそ二週間前、たまたまサイトで樹下美術館を知り篠崎作品をご覧になったそうです。その際展示をとても気に入り早速二度目の訪問だったそうです。

さて本日は展示中の篠崎正喜作品から書物「青いナムジル」の挿絵「金持ちの娘」です。白馬と草原と青年ナムジルの物語で、かっての国語教科書「スーホーの白い馬」で知られるモンゴルの民俗楽器、馬頭琴生成の伝承をモディファイし童話作家寮三千子さんが物語として書き篠崎正喜氏が挿絵されています。

本日取り上げましたのは去る日の来館者さんが、作品の細部の描き込みに驚かれたのがきっかけです。

挿絵原画「金持ちの娘」。

 

娘の衣装の拡大。

 

女性の帽子部分。

いずれも中世絵画を思わせる鮮やかさですが、画家によるモンゴル衣装の研究成果ではないでしょうか。

話変わりまして以下は館内のお声ノートに残されている皆さまのメモの一部を掲載させて頂きました。

・とってもきれいだった。特に「この森に天使はバスを降りた」がとてもきれいだった。

・色の重なりがとてもきれいでした。素敵な世界を見ることが出来てとても楽しかったです。「海辺の街」が特に好きです。

・きれいで絵にひきこまれそうになりました。

・素晴らしい。好きな絵です。どんどん話がふくらんでいつまでも観ていられます。丸い。やさしい。人の目がいい(嫉妬している女の目でも)。動物の目や手足のフォルムに愛ががる。ユ-モアがある。どこかにいつもひとりを愛する(?)人がいる。きっとネコ好きでしょう。

・どうやってこの感動を買えるのだろう。

・絵のどうぶつがかわいいです。みていてたのしいです。またきたいです。

・昨年より絵本の読み語りのボランティアを始めましたので篠崎先生の作品に出逢えて本当に心より感謝申し上げます。

・本当に何度も足を運びたい美術館です。展示作品も驚くほどクオリティの高い作家さんでした。とても素敵です。有り難うございました。

 

本日は雨。ようやく涼しくなり“芸術の秋”の候になってきました。樹下美術館開催中の倉石隆の素晴らしいデッサンなどの「お嬢さん展」あざやかなファンタジー「篠崎正喜展」をどうかご覧下さい。

10月12日(木曜日)15時から篠崎正喜さんの「生成AIと美術」のギャラリートークを致します。35席の予定で入場は無料です。美術の最も新しく切実なテーマではないでしょうか。お暇をみておいで下されば有り難く思います。

小林古径記念美術館の齋藤三郎茶会。

2023年9月18日(月曜日)

上越市立小林古径記念美術館で生誕100年「齋藤三郎展」が7月15日~10月9日の期間で開催されている。当県陶芸家を先駆けた人の展覧会だけあって好評を博している。
長い会期の後半に入った昨日日曜日、齋藤三郎展にちなんで同美術館の小林古径画室において裏千家茶道の有沢宗香先生を席主として齋藤三郎茶会が催された。

いくぶん涼しくなりかけたのもつかの間、当日は暑さがぶり返した。午前中三席の会、10時30分からのお茶に上がらせてもらった。本席の床は淡々齋筆円相に風雲香が添えられている。小さめの円相は月をも思わせた。

恥ずかしながら正客席に押し出され、宗香先生が目の前。勿体なくも親しく言葉を交わして下さり、暑さを凌ぐお道具に囲まれ薄茶を楽しむことが出来た。

お菓子「秋の月」は大杉屋さんのお製。生前齋藤三郎が同店のマッチ箱向けにデザインしたラベルが一つ一つ菓子に敷かれている。私のは茶杓と茶碗が描かれていた。お菓子の味、色とも大変良く、齋藤三郎ゆかりのラベルが手に乗るという趣向に心和んだ。

膝前のたばこ盆の火入れは齋藤さんの作品(矢印)、染め付けの竹林文様が涼しい。

 

点前座のあしらい。

齋藤さんのかわくじらの水指と月と秋草の「武蔵野」茶碗。その左奥に立つ富士釜。お道具を囲む風炉先屏風は「雲月」とお聞きした。屏風の細かな格子は雲、金色の四角い囲みが月というわけだ。火がある点前座は風通う壮大なジオラマを思わせ、暑さ去らない当日に打ってつけの演出だと深く感銘を覚えた。
落ち着いたお点前によって点てられたお茶はまことに滑らかで良く香り、あたかも挽き立てのように新鮮な味がした。

席を終えて外に出ると堀の蓮はおおかた花が終わり青々とした葉に埋め尽くされている。すぐそこにお彼岸と仲秋の名月が待っている。口中にまだ茶の香りが残っていて、ああそれでも秋に向かっているんだと気がついた。

有沢宗香先生、楽しく美味しいお茶を有り難うございました。社中の皆さまお疲れ様でした。お写真をお貸し下さった社中の方、有り難うございました。とても良いお茶席でした。

本日髙田で髙田文化協会60周年記念の講演会と祝賀会。

2023年9月2日(土曜日)

本日午後、髙田仲町「宇喜世」に於いて髙田文化協会60周年記念にちなみ式典と上越市ゆかりの文化人堀口すみれ子さんの講演会「父・堀口大學とわたし」がありました。
すみれ子さんはエッセイストで料理研究家。戦前線後の約6年間を妙高市、上越市で疎開生活を営まれた文化勲章受章の大詩人、堀口大學のご長女で、幼少を当地で過ごされました。

澄んだ品格あるお声で身内ならではの父の実像と祖父母におよぶご家族のエピソードを話されました。大學先生に関してはメキシコからダボスのサナトリウムなど世界を駆け巡った旅と病のこと、画期的な「月下の一群」の出版や当地への疎開。さらに最後の富士を望む湘南における死まで、父の詩の朗読を交えながらまさに話中の「ビスタビジョン」の如く、起伏に富むダイナミックな内容に感動しました。

講演が終わると、不肖私はこともあろうにすみれ子さんへの花束贈呈でした。恥ずかしくも光栄とばかり必至に敢行しました。

何度お会いしても
チャーミングな堀口すみれ子さん。

休憩の後、祝賀会では二胡ととチェロの涼やかな演奏、祝いの謡曲、それぞれお立場に相応しい要人の挨拶、渡辺隆前上越教育大学学長がご自身の貴重な視点による髙田文化史が語られ、2日間に亘る記念行事一日目が終わりました。

堀口すみれ子様、求心力ある緻密なお話、本当に有り難うございました。お疲れになったことと思います。またお目に掛かりたく思います。

主催された皆さまの下準備、本日の司会進行のお二人様、本当にお疲れ様でした。また普段お目に掛かれない方々にお会い出来て幸運でした。参加させて頂き深く感謝しています。

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