文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ
今日の「小さな村の物語 イタリア」から。
開業して47年間、沖縄はおろか海外というものへ行った事が無い。お金と暇が無いうえ、さらにコロナだけは間に合っているという皮肉な日常だから如何ともしがたい。
せめてというので数年前に妻と奈良京都や長崎へ行った。国内で十分、これからはたまに旅行しようと考えていた矢先のコロナだった。今では近くの飯山市と野沢温泉、それに秋田県の鳥海山を見に行く計画で十分な楽しみになっている。
そんな訳なのでテレビで世界遺産や「小さな村の物語 イタリア」を観て旅情を味わっている次第。先回も書いたとおり、小さな村の物語は風土が美しいうえ生活の豊かさに毎回驚かされる。
そこには文化や教育、あるいは歴史、宗教の違いと一言で言えないものがありそうだ。素晴らしさが私達にも伝わる限り理解できる何かがあるのだろう。
だが一体それは何なのか、いつも考えさせられる。
本日(再放送?)は101才の老人の生前と、亡き後の長男夫婦が取り上げられた。
生前の老人はかって炭焼きをしていた。
ある朝目ざめのベッドへお嫁さんが蜂蜜を運ぶ。老人は何度もスプーンを舐めたあと、再び寝るかと思いきや四点杖を両手に数段の階段を降りて居間に出る。さらに暖炉に近い椅子に腰掛けると新聞を拡げた。
あまつさえ記者に向かってナポリの歌を歌おうかといって歌う。私は歌手じゃないからね、と断りを入れて恋の歌を歌った。
こんな生活をしていたら当地ではたちまち新聞に出るが、家族は静かに心こもった対応をするだけである。父を愛し後を継いだ長男は父中心の生活を語り、父の居ない生活など考えられないと述べる。
人望厚い老人の最後の床に村人たちが次々に訪れて手を握り祈った。村中の人と楽隊が出て歩き祈る葬儀の映像があったが、教会にあふれるた村人の服装はみな普段着だった。
亡くなって初めて父を語る人の多さに長男は驚く。お金を払えないまま村を出た女性は父から黙って品物を受け取ると“子どもだけは大事にしなさい”と言われたと話す。
“後で相手が嫌な思いをするから、施しは決して人に話してはいけない”、と述べていたという。
もう一つの話は少し若いパン職人の夫婦だった。夜なべの仕事中「この土地で採れるものは格別だから、それを使った私達のパンはいつかローマに届く日がくるだろう、コーラのようにね」と笑った。
休憩のベンチで夫は“出合った時と変わらず素晴らしい奥さん”と言うと、妻は涙ぐんだ。
向こうの谷間に見えるヴァッレピエトラ村。
世の中にこのような話以外どんな良い話があるだろう。
やると思った平野歩夢選手 白鳥とタゲリ。
平野歩夢選手が期待に応えて優勝した。中継をみていたが二回目まで二位のところ三回目にほぼ満点を出して覆した。
決勝(三回目?)を前に、
“色々状況が変わるが、どんなでも対応できるようにしている”と述べ、その通りに結果を出した。
マナーは全く異なるけれども、バンクーバ五輪当時、服装と態度を批判されたパイオニア国母和宏選手を先輩として敬愛しているのではないだろうか。
見た所彼らの世界には独特なまとまりが感じられ、ドレッドヘアーなどもとても似合っている。
同選手はいつも落ち着いている。上掲の言葉など、若くして修業を重ねた茶人のようでもある。将来茶道に進めば立派な師範になれそう。
さて本日も日射しが良く、いつもの場所にコハクチョウが居た。嬉しい事に途中からタゲリが来た。かって何度か突然現れたことはあるが、群で素早く飛んでいるものばかり。地上の写真をちゃんと撮れたのは初めてで、不思議な鳥の印象だった。
タ「今日のところ急ぐんで、さよなら」 「僕の飛翔かっこいいでしょう」
白鳥にとってタゲリは特に珍しくはないことでしょう。珍しかったのは私だけでした。
遊びたがるコハクチョウとエサが欲しいタゲリという風にいたずらしました。
スノーボード競技 愛されることとプライド。
午後休診の本日、テレビで冬期オリンピックを観た。女子ハーフパイプのスノーボードが行われていて妙高市の冨田せな、るきの姉妹選手が銅メダルと5位入賞した。
せな選手が難度の高そうな業を次々に決め、るき選手は3本中2本を転倒したが最後は決めた。
代表になるだけでも大変なのに、オリンピックで上位に入るなど、それも10代で、とても信じられない。
その前にあった男子スノーボード・クロスも面白かった。一度に4人が滑降する。その協議中何組かで二人が接触転倒し、決勝進出ならなかった。しかしゴールで握手し互いに非難することも無かった。
またハーフ・パイプ女子優勝者は決勝を前に「私は何も求めない、ただ楽しむだけ」とコメントしていた。
いずれも鍛錬し精魂込めて競い合った末の洗練された境地であろう。
春の開館までもう少し、今年度の展示企画です。
早いもので12月16日からの冬期休館が半ばを過ぎようとしています。皆様には長くお待たせして大変申し分けなく思っています。現在美術館の雪はカフェの前で地の雪と屋根から落ちたものが合体し、そこだけかなりの量があります。
さて今年は開館満15年になります。特別なパーティーなどは致しませんが、催事としまして以下を企画しました。
●3月15日(火曜日)~6月14日(火曜日)常設作家企画
・齋藤三郎「湯飲みと盃 展」
・倉石隆「倉石隆 コレクション展」
●開館15周年特別展
・「齋藤三郎ゆかりの人々」展
齋藤三郎は作品、人柄ともに優れた芸術家で戦前の修業から復員後の髙田における開窯と花開いた疎開文化を通して多くの文化人と交流しました。
始まりに陶芸修業の師、近藤悠三と富本憲吉、支援を受けたサントリー創業者の人々、木工黒田辰秋、戦後も交流した版画家・棟方志功。その後疎開文化を期に画家小杉放庵、歌人會津八一、童話作家坪田譲治、詩人堀口大學、写真家濱谷浩と茶人朝夫人、画家松林桂月、登山文学者深田久弥、微生物学者坂口謹一郎各氏と交流し学びました。
展示は小さな樹下美術館のそれぞれ僅かずつの収蔵品ですが、貴い諸氏が遺した品々によって館内が麗しく香ることを期待しています。
●開館15周年特別展
「ふるさと上越、主体美術協会の人々」展
樹下美術館常設展示の画家、倉石隆は芸術家集団「主体美術協会」に属していました。
このたびは上越市および妙高市出身で、物故者を含めた同会所属の8名の作家作品を展示企画しています。
倉石隆もそうですが、当地ゆかりの同協会所属者には、故賀川孝、故舟見倹二、故倉石隆、現役の筑波進、矢野利隆、関谷昌夫、篠原真智子、大口満の諸氏など、多くの作家さんがいらっしゃいます。
本展を通して倉石隆の同士、地元ゆかりの人々の個性と生命感あふれる作品をご覧ください。
●秋から冬に15周年を一人記念して、全く勝手不遜な館長の作品展「館長のひごろ展」を思い付き企画しました。
・絵画
9月27日(木曜日)~10月27日(火曜日)
1999年から描きためた植物水彩画に、後の植物および風景の油彩を加えました。すべて小品です。
・写真
2015年樹下美術館開館を期にブログを書き始めて以来カメラを手にするようになりました。その後次第にカメラは分身のようになりました。
絵も写真も日常がモチーフの自己流。本来お見せ出来るようなものではありませんが、お暇の節にお目汚し頂ければこの上ありません。
以上の今年度の各企画展につきましては、今後さらに詳しくお伝えさせてください。
1957年の映画「An Affair to Remember」のテーマ曲。
エミール・パンドルフの優しいピアノ。
差し迫った施設療養と県の説明会 もっと楽しんでもいいのでは。
コロナ禍は特異なオミクロン株の拡大によって療養、治療とも方法が変わってきた。自宅が主な療養の場になったのに伴い、障害者や高齢者の施設療養が差し迫った課題となった。
施設は入所者さんの心身特性と閉鎖的で集団的な環境のため、感染症に対する脆弱さを否めない。
これまで比較的大規模な騒ぎを免れてきたのは、ひとえに地域の施設スタッフ挙げて取り組んだ予防の賜物だと思う。
昨夕YouTubeを使った新潟県による講習会があった。冒頭のようなオミクロン拡大に対し今後ニーズ増大が懸念される施設内療養の要点が説明された。
(当然重症者は病院医療になりますが)
予防と防護テクニックの確認、検査キットや備品の確保、館内のゾーンニング、抗ウイルス薬使用の必要諸事項、スタッフ確保と休養、メンタルヘルスおよび県の支援など逐一詳細だった。
ところで三年目になったコロナ禍。
公から“注意深く見守りたい”が連発される。だが何事も事態は悪化か、維持か、改善か、3パターンしかない。常に三通りを想定して柔軟に準備する事が必要だ。
専門家は十分にいるし世界一のコンピュータ富岳もある。だがその富岳では室内におけるウイルスの飛散くらいしかシミュレーションが示されず、果たしてちゃんと使いこなされているかもはっきりしない。
望むらくは見守るだけでなく、エポックごとに三様の対策を先回的に用意して臨むのが今日の方法であろう。
その点、このたび新潟県が行った講習会は非常にタイムリーだった。
不肖自分は特養、グループホーム、障害者施設の三カ所に部分をまじえて関係している。
昨日の説明会で切迫感が伝わり、身が引き締まるのを覚えた。
一方コロナはオミクロン株で弱さを装いながら拡大し、最後に脆弱な高齢者や障害者をターゲットにして仕上げるストーリーを描いているかもしれない。
このたびのある意味最悪を想定した講習会は現実的だと思った。このような事は杞憂でも構わない。それならそれで幸いではないか。
さて連日恥ずかしげもなく傘寿になったことを書き連ね申し分けありませんでした。
挙げ句励ましの品を頂戴し、さらに申し分けなく思っています。
佐賀県のお豆腐。
鍋を見ただけで美味しいことが分かった。
一緒のタレも良く、食していっそう旨かった。
静岡県三島の富士山羊羹。六色あって美しいお菓子だった。
さっそくお抹茶のお伴に頂きました。
忘れん坊の自分のためにポシェットまで、、、。
さていつものYouTubeからです。
スペインの若者達が大人と一緒に演奏する
「ON THE SUNNY SIDE OF THE STREET(明るい表通りで)」
その通りで老若男女が楽しく踊る。
私は基本楽しいダンス音楽が好きです。
今やダンス(歌もそうですが)はアクロバットやサーカスの如く高度なテクニックを見せるばかり。それはそれで良いのだがどこかに皆で楽しめるダンスや音楽は無いのでしょうか。
どういう訳か私達はややもすればお利口さんを意識しすぎて、堅苦しく生きているように感じます。出来れば皆でもっと気楽に楽しめればなあ、、、と思うのです。
冬は半ばを過ぎようとしているかもしれません。早くON THE SUNNY SIDE OF THE STREETを歩いてみたいこの頃です。
但し、この先二三日かなり雪が降りそうです。
亡くなった人を思い出すこと。
あるところに小柄で色白でいつも静かなKさんが住んでいました。背が真っ直ぐ、銀色の髪にしっかりした眼差しの瞳はグレイでした。詳しくありませんがどこかロシア人を思わせる美しい人だなと思っていました。
その昔お会いした亡き旦那さんは男前で絵が上手な職人さんでした。
一人になった後、Kさんの静かな暮らしぶりには何かしら物語が秘められている印象を受けていましたが、立ち入って訊いたことはありませんでした。
80半ばになると彼女は施設に入り、受け持ちになりました。ある時期いっそう静かになっているのが気になりました。
そんな折、お茶のためにベッドから身を起こした所へ伺いました。
「どうですか、変わりありませんか」
「はい」
「そうですか。ところでKさんは親のことや亡くなった人のことを思い出すことがありますか」
「ありますよ、どうしてですか」と、瞳をこちらに向けました。
「あのね、亡くなった人たちのことを思い出すと、天国で眠っているその人は眼をさまして、すごく喜ぶんだって」
「本当ですか」
「そうらしいよ、思い出すだけで喜ぶんだって。青い鳥という本に書いてありましたから」
するとKさんはしばらくじっと私を見てから、
「ありがとうございます」、「ありがとうございます」と、何度も繰り返えし、白い手を差し出してきました。
思いがけない反応に驚き、出された手を触れるように握ったあと戸口へ向かうと、
「ありがとうございます」
後ろからまた声が聞こえました。
高齢者さんに亡くなった人を思い出しますか、と尋ねると「はあ?」という返事が多い中、Kさんの反応は珍しいことでした。
彼女はどんな人を思い出すのか分かりませんが、意外なほど話を喜んでくれました。
そのことで彼女は幸せな人だと思いました。
昨日の父の話からKさんへ移りました。プライバシーのため設定などを一部を変えています。
今日は五つも2が付く日でした。
80才の誕生日に「Song for My Father」。
昨日の予告?通り本日無事に80才を迎えることが出来た。
高齢化で身体にほころびが出てくるのは好かないが、今日まで生きたことには思いもしなかった目出度さが去来した。
昨日は、お世話になった方々へのお詫びと感謝を記した。しかし肝心な親への感謝をすっかり失念していた。
仕事場で、「長生きできたのは先生のお陰です」と時々言われる。
そのようなときは、「いやとんでもない、なによりあなたの親が良い体に生んで呉れたんですよ」と応える。
すると不思議そうな顔をされた後、あ、そうですかね、と仰り、どこか嬉しそうな表情が浮かぶ。
歳をとると親の事などどんどん忘れる。しかし時には、自分にも親が居たんだ、と思い出すと一瞬幸せな気持になる。
ホレス・シルバーのコンボで「Song for My Father」
浪人時代の正月、ホレス・シルバーが来日し、
学生服を着てサンケイホールへ聴きに行った。
80の誕生日にあえてこのような「父への歌」を挙げさせてもらった。
後付けで申し分けありません、ホレス・シルバーは以下のような感じの人です(2月4日)
1961年(昭和36年)正月、東京公演滞在中の一コマ
(「東京ブルース」のアルバムジャケットから)。
幸せそうなシルバー。
当時黒人は米国ではまだ差別に遭っていたようですが、シルバーは日本でとても歓迎されました。出光石油の令嬢がすき焼きに誘うなど、熱気あふれる当時の様子が今はなきスイングジャーナル誌に掲載されました。
ところで自分の誕生日2月1日は父と同じ。苦手な干支も一緒の馬。珍しいなど色々言われたが、ともに寒い時期に生まれたんだな、という感慨はあった。
それより、後年私が大学を卒業する年、上京した父はタクシーの中で、
「長いこと嫌いな勉強をさせて悪かったな」と突然言い、とても驚いた。
勉強は嫌いではなかったし、むしろ面白いと思っていたのであまりに唐突だった。
だが考えてみれば学業優秀、もっぱらベートーベンを聴いた父。自分は上掲のような音楽ばかり聴き、盛んに部活をするなど、勉強嫌いに見えていたならその通りだったのだと思う。
ただ父の言葉にどこか心身の弱りを感じてしまい、車中とても申し分けない気持を覚えた。
さてなんとか男の平均寿命に達した。
しかし昨夏の事を考えれば、到達はそう容易でないことも知った。
これでようやく一人前になれたのかもしれないし、
先はそう長くはないかもしれないし、これからが本番かもしれない。
いずれにしても今日あることをあらためて親に感謝したい。
誕生日めし、妻のかに玉丼
本日から高齢者向け三回目ワクチンが始まった。本日は24人で合計は360人だという。今回は倒れないようにしなければ。
今日は70代最後の日。
2012年2月2日に70代になったことをブログに書いていたが、本日その最後の日だった。
最後の晩に振り返ればひとつ夏の心臓発作の事件があったほか、仕事と樹下美術館が二本のレールのように私の前後に続いているのがはっきりわかる。
結婚のほうはレールではなく空気か霧・霞みのようなものがフワフワと私達を包んでいるような有様だ。
ところで10年前に三組の夫婦で会った大学時代の友人が、70を迎える時、「この先の10年で俺たち半分に減る」と予言した。
10年経ち私が死に損なったほか皆元気で予言は当たらなかった。出来れば今年年末あたり皆で食事をしてみたい。
生き死はともかく、晴れて80才になっても、手抜き出来ない予定が既に立っている。間もなく今年の美術館催事を発表をする時期が近づたこと、明日から3回目のコロナワクチンの個別接種が始まることである。節目の感慨にひたるヒマも無く、せかされるように明日が始まる。
だが明日の夜だけは、80才になったぞ!と言ってお酒をちょっぴり口にし、お抹茶を服したい。
遅くなったが、70代最後の今夜「THE LAST WALZ]を二つあげて明日を迎えたいと思う。
60年代発表のエンゲルベルト・フンパーディング
「ラスト・ワルツ」。
カラベリ楽団の「ラスト・ワルツ」
生まれてこのかどれだけ多くの人にお世話になったことだろう。数えたらキリが無いほどの失礼があったはずなので、この場を借りて、深くお詫びしたい。また強く影響を受けた人も沢山いたので心から感謝したい。
少しずつ絵は進むのか 今日の食事 近隣の夕暮れ 久し振りの大河ドラマ。
本日は昼近くまで寝て曜日。1週間に一日くらい馬鹿になって眠ることを体が要求している様子。昨夏の心臓発作以来少々体調が変わっているのが分かる。
起きて朝昼兼用の食事を必要以上にちょっぴり摂る。サラダと8枚切り食パンを2分の1、牛乳50ccと紅茶で終わり。ちょっぴりにすると体が喜ぶようであり少しもイヤではない。
それから絵を描いた。色々といじくりながら、絵の具や油の扱い方が少し分かってきた。
この絵を中心に色々やってみた。
さらに色、陰影、詳細の描き込みなど楽しめればと思う。
12月30日の状態。
この先どうなるものかと案じていた。
作品は一応他者の眼で観るようにしているつもり、、、。
ずっと家に居たので夕刻の田を走った。
少しずつ日が長くなっていることが分かる。
南三陸町からのカキはフライにタラはタラ汁になった。
まだホタテが残っている。
フキノトウのテンプラ。
妻は過日に続き本日も樹下美術館の庭からフキノトウを採ってきた。
人様にもあげるつもりらしい。
毎日曜夜、大河ドラマを観ている。毎回の大河は「天地人」以来だから本当に久し振り。
「鎌倉殿の十三人」は楽しめる。私はドラマや映画は如何にも役者さんが「演じている」風なのが好きだ。リアルなものはどうしても冷めた料理のように感じてしまい駄目である。
近時テレビは器用な芸人さん達が各方面に我が物顔で活躍するが、俳優さんたちはせいぜいゲストで、出番も少ない。
しかしこの度の大河は、日頃の鬱憤を晴らすが如く役者さんの熱気が伝わる。張り合いが演技にあふれ、冬のさなか観ていて心身が温まりそして楽しい。
練られた見せ場、テンポ良い脚本、考証されたであろうセットなど、手作り感十分な「鎌倉殿の十三人」は良い感じに写る。
小林古径記念美術館行き 齋藤尚明宅訪問。
雪も風も無い穏やかな昨日日曜日、小林古径記念美術館と齋藤尚明氏(二代陶齋)宅を訪ねた。
このたび古径記念美術館の記念室に「少女」が2枚あり、入り口の1枚は初めて観た。隣の日傘を差した「少女」は以前からの馴染み。両者シチュエーションと年令は異なるが同じ少女を描いているように思われ、とても可愛いと思った。
同館で今年1月4日~3月13日に開催されているコレクション展「白の世界」を観た。
「白の世界」は三部に別れている。「色彩としての白」の部で倉石隆の「さとうひさこの像」および「余白・空白の白」の部に「Kの肖像」および「粉雪が舞う」があった。
いずれも一昨年樹下美術館が貸し出しを受けた大作で、冴えた照明のもと一段と輝いていた。
斎藤真一氏の「明星 二本木の雪」の構図と雪原の瞽女さんおよび雪山の素晴らしさに、あらためて釘付けになった。
澄み渡る宵の頸城野。中央を外した右遠く三人の瞽女さんが歩み、行く手の空低く大きな星がひとつ現れている。瞽女さんたちはしんとした広大な雪原を温める小さな心臓のようだった。
これを詩と言わずして何といえば良いのだろう。
雪をいただく連山のグラデーションは素晴らしく、一体どうやって描いたのか、穴が開くほど観た。万一描き方を教えてもらっても、当然ながら絶対に描けない。
ところで、かって現代美術を先駆けた多摩美術大学教授末松正樹氏を中心に舟見検二、矢野利隆、賀川孝、倉石隆、筑波進ら上越出身者が多く加わった当県県人による主体美術協会のグループ発表展「ネージュ(フランス語で雪)」があり、長く継続された。
1972年4月に東京で第一回の発表展があった秋、それを上越市立博物館開館の特別展にすべく市川信次館長が企画。作品の到着まで終了した段階で突如中止になる出来事があった。
本日の会場の一隅にそれを知らせる当時の新聞が掲示されていた。
開催を前に上越市議会が、博物館条例には美術展の開催が書かれていない、という理由で駄目を出したのだ。美術館は博物館のジャンルに含まれるが、当時その解釈が無かったとは思われない。
政治、行政が文化芸術に否定的な姿勢を特権の如く行使し、立場を愉悦するようなことはあってはならない。芸術に対するそのような公の介入は豊かであるべき文化の存立に反して貧しい。
作品展は後日髙田のやま江家具で開催されたというが、昔話にしても悲しい歴史だ。
今回招待券を頂いた掘川紀夫さんの「Snow Performance ’85-5J」も面白かった。自ら雪原に身を投じ、一瞬にして千手観音あるいは鳥に化身されている。どのような時間帯だったのだろう、しっかりと陰影が付き成功している。懐かしい童心まで蘇った。
齋藤三郎さんがかってのお弟子志賀重雄氏に当てた書簡は、こまやかな愛情にあふれ胸打たれた。お二人とも白い器が出品されていた。それぞれ風土の色が滲み心和んだ。
こまやかさが隅々まで良く行き届いたコレクション展だった。
この後、久し振りに齋藤尚明氏宅を訪ねた。
今年樹下美術館の催しに関する大切なお願いが目的だった。その場で快く引き受けて頂き感謝に堪えない。
勝手に拝見した作品展示室の市松模様の色絵水指はとても良かった。
氏は物識りで話は面白い。京都の修業時代の茶の稽古における、高きゆえ自由な師範の姿勢は特に興味深かった。
今夕は半たまのラーメン。
麺はご近所の素人さんの作ながらとても美味しい。
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- 仏像、社寺、二十三夜塔、庚申塔
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 聴老(お年寄り&昔の話)
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
- 空・海・気象
- 頸城野点景
- ほくほく線電車&乗り物
- 社会・政治・環境
- 明け暮れ 我が家 お出かけ
- 文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ
- 食・飲・茶・器
- 拙(歌、句、文)
- こども
- 館長の作品。
- いま四月馬鹿はどうなっているのだろう メギスの旬。
- 3月30日の徳川美術館と豊田市美術館 そして富士山。
- 週末は名古屋と豊田市へ 本日は名古屋の分です。
- 自然の末席で。
- 三月にして真夏日 初ゴルフ アイスクリーム 啓翁桜 雪割草 内山雅子さんのCD。
- 春の公園、過日の大潟水と森公園と本日の大池いこいの森公園 その付近でクジャクチョウ。
- 大好きな濱谷浩作「ホンヤラ洞で歌う子供たち」とその絵はがき。
- 小林古径記念美術館「生誕110年記念 濱谷浩展」と講演会。
- 春分の日、肌寒いが日が長くなった 啓翁桜はいつ咲くか。
- 柏崎から佐藤さん、明静院の大日如来坐像 いしだあゆみさんの訃報
- 宮崎俊英さんとあらためて倉石隆を観た。
- 25年初日 A君の書と芸術。
- 明日から2025年度の開館。
- キーボードにお茶をこぼした日,患者さんを送る 同じ日に時代劇の八幡堀が二篇 最近の夕食から。
- 今冬の冬鳥見おさめ。
- ハクガンの姿無く白鳥は少なくなり 庭仕事を始めた。
- コハクチョウの大きな群 タカが舞い野犬がやってくる 再びシジュウカラガン。
- 今年の齋藤三郎は「茶道具展」です。
- 今年の倉石隆は「男の肖像展」です。
- フカミ美術の懇親会が髙田であった 霧を抜けて三和区の喫茶去へ。
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