小山作之助・夏は来ぬ
小山作之助の曾孫のヴァイオリニスト、亡き中島幸子さん。
去る7月18日、海の日の祝日に卯の花音楽祭が上越市大潟区
で催されました。
大潟区出身で、荒城の月の瀧廉太郎を育て、夏は来ぬや川中島、
漁業の歌などを作曲した我が国の教育音楽の母と称される小山
作之助を讃える音楽会でした。
作之助の母はわたくしどもの高祖父、蘭学医杉田玄作の二女トヨ
で、作之助の弟で医師となった直次郎は当家に養子に入りしました
ので小生はその孫の一人、作之助は大叔父に当たります。
自分は作之助にいくばくか血縁ある身ですが、音楽の才能は無く、
卯の花音楽祭に際してわずかの寄附をさせて頂くだけ、あとは盆
に当家墓所の隣にある作之助の墓掃除くらいで、何もしていない
恥ずかしい縁者です。
ところで作之助に関する業績展示や顕彰事業は折々行われていま
すが、その子孫、特に音楽関係の後人についてあまり知られてい
ません。
実は直系の曾孫(そうそん・ひまご)に1949年2月27日上
越市大潟区生まれで、生後70日後に上京した故中島幸子(なか
じまさちこ)というヴァイオリニストがいます。
幸子さんは国立(くにたち)音楽大学付属幼稚園から同付属小、
中、高、そして同大学でヴァイオリンを学び、その間に久保田良
作氏にも師事しました。
※久保田良作:1928年-1997年のヴァイオリニスト、皇太
子徳仁親王のヴィオラ、ヴァイオリンの教師を務めた桐朋学園大学
教授。
幸子さんには以下のような輝かしい経歴がありました。
・1966年:学生音楽コンクール高等学校の部全国1位。
・1970年:第39回日本音楽コンクール2位。
・1971年:皇居に於ける御前演奏会に出演、海外派遣コンクー
ル入賞。
・1972年:ザルツブルグのモーツアルテウム音楽院のマスター
クラス入学、シャンドール・ヴェーク教授に師事。
・1973年:モーツアルト音楽祭にソリストとして出演。
・1974年:ヴェーク教授のアシスタントとなり後進の指導に関
わる。
・1975年:米国のマルボロ音楽祭に参加、同年東京でデビュー
リサイタル。
・1977年:パガニーニ国際コンクール2位。
・1976年からザルツブルグ・カメラータアカデミカ合奏団でコ
ンサートマスター兼ソリストを務めるようになる。
・1978年:ヘンリク・シェリング賞受賞。
・1979年:東京で二度目のリサイタル、また東京都交響楽団、
東京フィルハーモニー交響楽団と協奏曲を演奏(後にNHKテレビ
で放映)、NHKFM「夕のリサイタル」に出演。
1979年、チャーミングな中島幸子さん31才のポートレート。
(ヴァイオリンと共に 中島香織1983年8月6日発行 から)
・1979年12月スウェーデンにてヴェーク教授の門下生だった
ヴァイオリニスト、オラ・ルードナー(オーラ・ルードナー)氏と
結婚。
・1980年:夫ルードナー氏およびリチャード・レスター氏と
「ザルツブルグ・ストリング・トリオ」を結成、ヨーロッパ各地で
演奏。
1981年:東京でトリオの演奏会、その後東北、四国、中国地方
の各地新聞社主催による演奏会に出演。
・1982年8月5日:ザルツブルグで長男ヨナス(陽)を出産。
1982年8月6日:長男出産10数時間後、突然肺梗塞を発症、
33才で夭折。
素晴らしい音楽歴を経て、新たな幸福に向かう時に何という悲運で
しょう。本当にこんなことがあったとは、とても信じられないこと
です。
次回はお母様が1983年8月に発行された幸子さんの追悼文集に
ついて掲載させて頂きたいと考えています。
楽しかった第15回卯の花音楽祭。
本日月曜日は海の日の祝日、午後に第15回卯の花音楽
祭が開催された。
上越市が輩出した音楽家故小山作之助を讃えて行われて
いる
音楽会が出身地の大潟区はコミュニティプラザで催された。
大潟区のオカリナやギターのアンサンブル、近隣を交えたコー
ラスに加えて折々ゲストが参加する。
器楽は技術のほか和声が高度化したり、曲調の陰影が深ま
ったり、素人の自分にも毎年進化を感じることが出来る。
コーラスでは大人のドラマティックさ、中学生の若人らしさ、
小学生の胸打つ純真さが真っ直ぐに伝わった。
ゲストのソプラノ、アルト、テナー、バスの四人の「よろずやリ
コーダカルテット」は唱歌から民謡、クラシックそしてピアソラ
までとても楽しかった。
上越教育大学大学院教授の後藤丹先生が編曲された「故
郷」と「夏は来ぬ」は、伴奏のピアノも美しく、卯の花合唱団
のコーラスはオーケストラを聴くようにこまやか、かつ壮大
だった。
演奏は編曲と指導者によって大きく変わる。
良くなればさらに楽しく練習出来るにちがいない。
音楽をする人を羨ましく思った。
本日は後藤先生と相席し、終了後樹下美術館でお茶をご一緒し
た。
音楽について、作之助について、お話は面白くためになった。
主催される実行委員会の皆様、後援のまちづくり大潟、大潟の子
どもを育てる会、大潟ボランティア連絡協議会の皆様、有り難うご
ざいました。
地域の慎ましくも暖かな音楽祭、また来年も楽しみにさせてくだ
さい。
大阪のお客様 糸魚川市徳合地区でおそば。
本日日曜日、大阪から小山作之助の足跡を訪ねてある女性が樹下美術館へおより下さった。
妻がお会いし、私は所用のため帰り際でしかお目に掛かれなかったが、美しい方だった。
これから作之助の墓と生家を回ると立たれ、来年の卯の花音楽祭は是非訪ねたいと仰った。
遠くからわざわざのお訪ね、心から感謝いたしてます。
さて午後から念願の糸魚川市徳合地区の「古民家で地そばを味わう会」を訪ねた。
立派な毘沙門堂が迎えてくれる。
機会があれば像を拝観してみたい。
おそばは彦右衞門さんのお宅が会場。
黙々とお給仕される女性の赤いエプロンがお似合い。
おそばが来て、いよいよ食事、山の幸満載のご馳走です。
美味しい天ぷらも付きました。
食後は河岸を変えて景徳庵さんで一服。
いろりに畠春斎の穏やかな茶釜が掛かっている。
沢山の資料と共に樹下美術館の絵はがきコーナーがしつらえてあった(大感謝)。
見事な茅葺きの民家。
徳合が20年前から取り組むしだれ桜が見える。
海岸への道中で見られる豪快な砂岩泥岩互層と呼ばれるダイナミックな地層。
ところどころに細い滝が落ちている。
海が近づき、磯部小学校をぐるりと取り巻く石垣、下方の一部は20段近くある。
本廣寺と筒石郵便局の間の狭い坂道。
狭い坂道には詩情がある。
20年前、100年先を考えてしだれ桜の植栽から始まった糸魚川市徳合地区の地域活動。
適材適所の熱心な人材と何事も相談の年月が手応えをもって実っている。
眺めを良くするために要所の杉などのを伐採したという。
本気でなければこんなことは出来ないし、本当の愛郷精神が伝わる。
本日のおそばは最終組に入れて貰っていたが、美味しかった。
皆様さぞお疲れだったことだろう。
このあとすぐ反省会(慰労会でもあろうが本当に反省もするらしい)を始めるという。
数多い各地の地域おこしだが、いざイベント時の主役は客が相当しよう。
(主役には、ならではの張り合いがあるにしても)
主催者が主役で、はしゃぎ過ぎたり上から目線で来られると入りづらくなる。
本日の徳合は皆様一様に自然体で心安らいだ。
この調和は長く真摯な経験のたま物だろう。
〝回り道〟の控えめな名付けも気持ちが伝わった。
筒石へ出る途中の高い「砂岩泥岩互層」の露頭も非常に見応えがあった。
日本海に迫る山々、注ぐ河川と集落群、特異な地形に地質、密かな白山信仰、海彦山彦文化、歴史の起伏、愛郷精神、自然なもてなし、楽しい発見、、、。
一帯に長い可能性を感じた。
三人の大学院生による秋の美術館コンサートが終わって。
良く晴れた日の本日土曜日夜、三人の上越教育大学大学院生さんによるコンサートが終わった。
生まれ育った所が異なる若者が遠く上越の学舎に集い、半年経て実現した今夜の音楽会。
リクエストした「枯葉」から、最後のカンティレンヌとダンスより「カンティレンヌ」まで精魂込められた演奏だった。
この度、どうして上越教育大学だったのですか、と三人にお尋ねしてみた。
すると異口同音に、教育大学大学院の音楽コースなら同大学が良いと知っていたので来た、と仰った。
望外の、なんとも嬉しい返事だった。
ヴァイオリン、ピアノ、サクソフォンのトリオ編成は珍しい。
きっと本人達も苦労したことだろう。
だが良い音楽を創ろう、という三人の気持ちがありありと一つになり心を打った。
そのことは卓越したソロにも劣らず素晴らしいことで、50余人のお客様から大きな拍手を浴びた。
「枯葉」と「夏は来ぬ」に出色の編曲をされ、大好評を博した後藤教授。
ご多忙の中お越し下さったお客様、いつも円滑に会場作りをする樹下美術館のスタッフの皆さん。
心より御礼申し上げます。
とても良い音楽会でした。
待ち遠しい雨は今夜降るのか 今秋11月14日(土曜)に第3回SPレコードコンサート 作之助の墓参り。
なか三日お休みして更新したブログ。
その分を補って本日13日もう一記事を掲載致しました。
ようやく猛暑が一段落した盆入りの日、雲多き空から結局雨は降りませんでした。
もうどのくらい降っていないのか判然としません。
まずサルスベリとキョウチクトウだけが、我が世とばかり赤い花を勢いよく咲かせています。
午後美術館に寄りますと、当館のSPレコードコンサートで蓄音機と盤の厚い協力を頂いているS氏が来られました。
お客様が帰られた後のしじま、聴きましょう、と持参された二枚のSPレコードを掛けました。
・最初はJ・Sバッハのやや珍しいリュート曲で、歴史的なギター奏者アンドレス・セゴビアの演奏でした。
・次がエルネスト・ブロッホ作曲のヴィオラとピアノの為の組曲からウイリアム・プリムローズのビオラによる一枚でした。
セゴビアが奏でるバッハはこよなくロマンティックに歌い、
プリムローズによるヴィオラは1900年前後のかぐわしさをカフェに響かせました。
●今秋の「SPレコードを聴く会」を
●11月14日〔土曜日) 18:00開演 に予定致しました。
●クラシック、ポピュラー、日本歌謡の古き豊かなレコード音をどうかお楽しみください。
●お申し込みは樹下美術館の窓口か、電話025-530-4155で受付致します。
本日聴きました二枚はとても良かったので、相談のうえ今度のプログラムに入れることに致しました。
当方で守らせて頂いている盆入りの日の小山作之助の墓。
我が家の墓所の隣にあり夕方お参りしました。
巣箱のシジュウカラ 卯の花音楽祭 カナトコ雲とほくほく線の電車。
昨日見られたシジュウカラの子育てに対する雀の手伝い。
今日気になり見に行ったところ、1時間ほどの間もっぱらシジュウカラが餌を運び、雀の姿は無かった。
ヒナがひょっこり顔を出し、巣立ちが近いことを知った。
用事を済ませて午後から「卯の花音楽祭」を聴きに行った。
大潟女性コーラス、卯の花合唱団(混声)、フルートアンサンブル「オイレン」、そして小学校低学年のコーラスが聴けた。
コーラスのハーモニーは情感深く胸に響く。4部を美しく響かせたのは、よほど熱心に練習されたに違いない。
スケールの大きな「夏は来ぬ」は後藤丹先生の編曲だった。
フルートアンサンブルは心地よい厚みと歯切れの良いリズムで演奏されとても楽しかった。
子ども達は文語体の「夏は来ぬ」を五番までしっかり歌った。
体の正面から明るい声が届いたのは、譜面を持たずに歌ったせいだったのだろうか。
子ども達おそるべしである。
終わって外へ出ると東方にむくむくと積乱雲が湧いていた。
雲を背景にほくほく線の電車を撮ろう考え蜘蛛が池へと向かった。
卯の花の季節 夏は来ぬ。
卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
小山作之助作曲・佐佐木信綱作詞「夏は来ぬ」の清々しさはこの時期にぴったりだ。
一帯でホトトギスの声は聞けないが、卯の花は真っ盛りとなった。
高速道路の土手で満開の卯の花。
作之助が当地の人のせいか大潟の区間に沢山植栽されている。
話変わって、本日見えた同級生の男性患者さんは若々しいブルーのチェックのシャツを着ていた。
よく似合うじゃないの、と言うと。
「孫のお古ですわ、今の若いもんは一年着るとポイだもんね」
特にお爺さんたちは、よく息子さんや孫さんのお古を着ている。
不自然でもなく似合っているから不思議だ。
女性も娘さんたちのお古で来られることがあるが、男性ほど多くはないかもしれない。
私の世代は古いものを有り難がり、10年、20年前のものを喜んで着るのではないだろうか。
夏を迎えているが、年と共に半袖を着るのが遅くなり少々情けない。
作之助のごはん キャレルに掲載された小山作之助 下戸で甘党。
来る北陸新幹線駅の発車メロディー決定から、連日小山作之助のことを書いている。
そんな日の本日午前、堀川正紀さんが一冊の雑誌を届けて下さった。
堀川さんは2013年に作之助の伝記「小山作之助物語」を編纂されている。
このたび作之助の記事が載ったのは新潟日報社事業部刊行の月刊情報誌「キャレル」。
第67回「歴史上のごはんシリーズ」で4ページにわたり取り上げられていた。
作之助は大変な甘党。汁粉などはたっぷりと砂糖が必要だった。
薄味には「砂糖屋の前を駆けて通り過ぎたような味」と評したという。
多忙な作之助は食事代わりに羊羹をほおばりながら人力車で移動した逸話もある。
(美味しそうな写真は「キャレル」2015年1月20日号から)
ところで徹底した甘党ぶりは、血糖値が気になる。
氏の死因である心筋梗塞は最も怖い糖尿病の合併症の一つであり、問題はなかったのだろうか。
この病気の概念が異なっていた昔なら仕方がないが、
多忙のため人力車での移動が多かったな、らやはり運動不足は否めない。
ところで作之助は下戸だった。
しかしひどい甘党だった作之助の健康にはむしろ下戸は助けになっていたと考えられる。
こうなれば、下戸でも大成する見本の一人として、格は違うが下戸に近い自分の参考にしてみよう。
昨日の続き 小山作之助の音楽葬。
昨日、昭和2年7月6日、日本青年館で行われた小山作之助の音楽葬のことを記載しました。
過去あまり詳しく見たことがありませんでしたので、正直その盛大さに少々驚かされました。
手許に当日の資料がほかにありますので、若干追加致しました。
資料:左・進行プログラム、中・歌われた作之助の遺作譜面「吉野山」および「鏡ヶ浦の驟雨」、右・船橋榮吉作曲、藤村作作詞「小山先生の御霊に」の合唱譜面。
当時の代表的なピアノ演奏指導者・高折宮次氏と榊原直氏によるピアノ二重奏リスト作曲「タッソ」
混声大合唱は作之助遺作2曲と追悼歌・「小山先生の御霊に」
歌うのは東京音楽学校、東京高等音楽院、東洋音楽学校、日本音楽学校の各学生さんたち。
それにしましても斯く盛大な音楽葬で送られた作之助はどんな立場でどんな人だったのでしょう。
葬送の丁重な規模から、長年国・文部省と深く関わった音楽教育の要人だったことが覗えます。
しかし生前、還暦の祝い金に自前の資金を足して全額東京府に寄附したり、
ある時期などは一年中同じ着物を着て過ごしていたというエピソードから、
名誉や金銭に固執せず、ひたすら音楽家の育成、楽器開発など音楽の向上を願った人としてのイメージが浮かびます。
初期の軍歌も作った作之助ですが、日本のふる里を歌った「夏は来ぬ」が今日新幹線駅で流れることを、とても喜んでいるにちがいありません。
前にお書きしましたが、近く作之助の妻マツさんのことをお書きできればと考えています。
北陸新幹線「上越妙高駅」で「夏は来ぬ」 小山作之助の葬送。
来る3月15日に開業する北陸新幹の新駅「上越妙高駅」の発車メロディーに小山作之助作曲「夏は来ぬ」が正式に採用された。
昨日の上越タウンジャーナル http://www.joetsutj.com/archives/52115354.html
今朝の上越タイムス http://www.j-times.jp/news.php?seq=9893
JR東日本は「日本を代表する唱歌として年齢を問わず親しまれ、新幹線発車のタイミングをお知らせするにふさわしい曲」と説明している。
縁者の一人としてどんなメロディーで流れるのか早く聴いてみたい。
さて作之助は昭和2年(1927年)6月27日、「夏は来ぬ」の季節に亡くなりました。
なきがらが故郷の新潟県潟町村(現上越市大潟区)へ帰るため駅を出る写真があります。
同年7月6日に催された音楽葬の写真とともに掲載させていただきました。
上野駅における作之助の霊柩車両(昭和2年6月27日)。
今ではちょっと考えられない光景です。
正面左端の男性は長男の蕃(しげり)氏、その右は作之助夫人マツさんです。
明治神宮外苑の日本青年館で行われた作之助の音楽葬。
東京音楽学校管弦楽団有志によるショパン作曲「葬送行進曲」とプログラムに書かれています。
演奏者は客席に背を向けていますが、遺影に対する演奏だからでしょうか。
5題のプログラム、多数の参加者、没後わずか10日の音楽葬は大変だったにちがいありません。
当時から87年、まさか新幹線というものが出来、その駅で自らの曲が流れるなど作之助は夢想だにしなかったことでしょう。
新年に葬送の写真などを掲載しまして大変申し分けありませんでした。
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- かって認知症だった人、晩年の「ありがとう」は「好き」だった。
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- カフェのノート、スケッチブックの絵、ブログ展その1。
- 来たる11月7日からラッセル・ジョケラさんの展示会 晩秋の花 近隣のコハクチョウ
- 先週末の種々。
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- 信州は須坂で江戸時代の料理を食べる 満月、私達の奇跡。
- 失った1枚 栗。
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