医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
「我が愛の譜 滝廉太郎物語」その2 唱歌運動と小山作之助 そして肺結核。
去る4月14日、映画「我が愛の譜 滝廉太郎物語」のDVDのことを書かせて頂いた。伝記映画なので滝作品の誕生、留学の経緯、発病と死など克明であり、添えられる純愛なども丁寧に撮られて興味深い。クラシックの名曲が次々と入り重厚な映画だと思った。普段あまり映画を見ないのに、たまに見ると妙に夢中になる悪い癖が出る。
今回はブログ1000回目の投稿ということ、引き続き「我が愛の譜 滝廉太郎物語」を話題にさせて頂いた。
劇中、キーワードの一つに明治時代中期から起こる幼稚園ならびに学校において皆で歌うことの唱歌教育の普及、あるいは口語で歌いやすい歌をという唱歌運動がある。
小山作之助は東京音楽学校で教鞭をとる傍ら、都内に生まれていたいくつかの私的な教育と実践場所である唱歌会に深く関わり時代をリードしている。映画で滝は、音楽学校に入学するまで「半年間小山先生の芝唱歌会にいました」、と述べる。また作之助も入学後の滝の精進をみて、唱歌会から推薦したかいがあった旨をもらす。
また学友が通う神田猿楽町唱歌会に滝がつきあう場面などには当時の雰囲気が垣間見られる。
ところで滝廉太郎は15才の最年少者として音楽学校入りを果たした。作之助の推挙の力が大きかったのでは、と推察される。
学校の入学方法はつまびらかではないが、一般的な進路を辿ったなら、夭折の音楽家の開花はもっと小さなもの、あるいは間に合わなかったかもしれない、と心配性の筆者は危惧した。あるいは作之助は滝の病の兆候を知っていたのか、とさえ。
作之助の母方の叔父は医師であり、交流を通して相談があった可能性はどうだろう。
映画で肺結核は留学中に重症化するが、学生時代すでに咳き込み、転地し静養治療する場面が何度か登場する。密かに始まり劇的に悪化する肺結核の描き方も感心した。いずれにしても彼の人生は急ぐ必要があったに違いない。
病により早期帰国し故郷竹田で養生する滝は、再上京を試みるが道中で喀血して戻る。最後、廃校となった故郷の分教場に残されたオルガンで遺作「憾」を書く場面は物語とはいえ、涙なくしては見られない。
滝のオルガンの音が止み、待っていた車夫が異変を感じて立ち上がる。
ところで結核は不治の病として世間から忌まれ、かたや周囲との一部関係は当映画でも厚く維持される。不思議といえば不思議な病気である。
筆者も高校2年生の春、レントゲン検診で肺結核と診断された。それまで頻繁に風邪を引き、時に高熱、絶えず微熱があったように思う。その年の9月だったか、父の母校である慶応大学病院へ連れて行かれ、手術の可否診断を仰いだ。
幸いパス、ヒドラ(アイナ)の服用とストマイ(ストレプトマイシン)注射の三者療法、後のカナマイシン注射の登場に救われた。また同病の級友や恩師、高田の下宿先ご夫婦などには本当に良くしてもらった。しかしそれ以前の人々の痛ましさは当映画においても切実である。
ちなみに、「憾(うらみ)」がYouTubeに投稿されている。旋律には病の苦しい呼吸が感じられる。
今夕特養ホームしおさいの里の会があった。
本日夕刻、週一で出向している特別養護老人ホーム「しおさいの里」の職員歓送迎会が直江津駅前「ハイマート」であった。
19:30という遅い開会時間をみても、福祉職が如何に懸命な労働をしているかが、伺われる。
かつての患者さんや縁者も同園に入所されているが、精一杯の世話に感謝に堪えない。
しおさいの里はパートも入れて150人もの職員さんがいて、配置医師も通常より多く3人が委嘱され、良いチームワークを維持している。
今後福祉の圧縮がささやかれているが、そんなことは絶対にあってはならないことだと思う。
さて本日会場で乾杯を促され、45秒くらいで以下を話させて頂いた。
「多くの骨董屋さんの店先には勲何等という立派な勲章が、ホコリをかぶって売り出されている。たとえ生前栄誉に輝いた人でも勲章を売られ、悲しい環境で終末を迎えることも珍しくない。終わり良ければすべてよし、終わり悪ければすべて悪しでもありましょう。しおさいの里で最後を迎える方たちに温かく接する皆さんを立派だと思う」と述べさせて頂いた。
私も最後が近づいたなら、認知症になっていても画帳を一冊持ってしおさいの里さんでお世話になろうと、思っています。
しおさいの里、夕映えの郷、だんらん、えびすはまデイホーム米、さいがた病院、、、。樹下美術館の周りには福祉医療施設が沢山あります。
吹雪模様の日の上越市頸城区城野腰(じょうのこし) 入園児健診。
一両日雪混じりの強い風に見舞われている。(昨日は北陸地方に春一番が吹いたというが。)
例年2月は変化が多い。零下の低温が続くかと思えば素晴らしい好天が訪れ、雪はまだ油断できない。だが2月はあっという間に過ぎるにちがいない。
本日午後、担当の保育園で今春入園予定児の健診があった。事故が報じられたため、親御さんたちが食物アレルギーに敏感になっていることが問診票からよく伝わる。
外来では20~60代の大人のインフルエンザが目立っている。70才以上の高齢者の皆さんは今のところ比較的平穏。
保育園を終え特養ホームを回診して帰り道、城野腰の通りを直江津方向から撮りました。樹下美術館はこの先300メートルほどです。
しおさいの里の忘年会 孫から東京ディズニーランドのお土産。
今年春から週一の嘱託で特別養護老人ホーム「しおさいの里」に出向いている。同ホームには介護保険スタート時から三年間お世話になり、その後医師会の仕事で中断、今年8年振りの復帰だった。
ホームを営む社会福祉法人・上越頸城福祉会は、在宅、施設、障害者など関連7事業を行っているが、いずれもスタッフはみな熱心だ。
140名の方が過ごされる特養ホームと障害者支援施設の医療は三人の医師が手分けして受け持つ。医師同士は昔から知り合っているので望ましいコミュニケーションが自然に取れている。
特養は当然超高齢者中心だが、看取りも含め暖かくお世話しようというマインドと技量が、職種ごとに共有されていて仕事がしやすい。
昨晩、同法人スタッフの合同忘年会が明るく活発に行われた。抽選会でディズニーランドのチケットを当てた人が大喜びしていた。同会のさらなる健全な発展を心から祈りたい。
学校のブラバン卒業の記念旅行だったという。
ディズニーのグッズは夢がいっぱいだ。
健診を生かす はくたかに虹 クリスマスリース作り レス・ポールの虹の彼方に。
本日午後、ある工場の健診結果に対する個人面談があった。過食、偏食、アルコール、喫煙、塩分過多、運動不足、そしてストレス。これら七つは何処でも変わらない課題だ。
生活上のほどよい節度なしに薬だけに頼るのは問題の解決にはならない。健康な人生、健康な老後を考えれば自ら納得してぜひ望ましい生活習慣に向かってほしい。
本日の事業所は長いお付き合いもあって、工場長以下担当者の意識は高く、個人面談の理解や反応はもとてもいい。
さてこの時期の悪天候は虹と遭遇しやすい。本日も事業所の帰りに見事な虹と出遭った。
虹を背景にほくほく線の特急はくたか号。強風のためのろのろと走っていたので写せた。
家を覗くと妻の友人たちやスタッフが、知人の奥様からクリスマスリース作りを習っていた。一段落して隣室でお茶だった。女の人達はよく集まり、よく話す。
女性は存在価値を確認するために和(輪)を広げる。
存在価値がよく分からない残念な男たちは、敵を求めて人迷惑なことをする。
名ギターの生みの親で名プレーヤーの故レス・ポールがお爺さんになって「Over The Rainbow」を弾いていた。
エンディングは華やかなカデンツァから穏やかなルートに戻って終わった。
米山の雪化粧 季節や時代と血糖値。
風、雨、雷、この数日の荒天は騒々しいものばかりに見舞われた。それが本日はシンと静まり澄んだ青空が広がった。
妙高連峰はすっかり冬の装いとなり、本日の米山は上三分の一に雪化粧が施されていた。
ところでこのところ患者さんの血糖値が少々上がる人が多い。そんな方たちで「柿が美味しくて」、と仰る方が少なくない。今年は当たり年らしく、柿の話を多く耳にする。私たちも何度か頂いた。
美味しそうな富有柿。小ぶりでとんがってカリッとした筆柿もいいですね。
ただし柿は重量当たり梨より20%近く、りんごよりおよそ10%もカロリーが多い。
中くらいのものでご飯一膳と同じなので「ついつい」を用心して。
ところで冬はモチとミカンに運動不足、夏はビールとつまみと意外な野菜太り、秋は果物、、、。季節ごとに血糖が上がる要因があり、宴会もまた影響を与える。
ただし運動や農作業が始まり、糖質の食品がやや少なめな春の途中から初夏まで、わずかに下がる傾向があるようだ。
戦後の食品教育でビタミンC補給のため、“もっと野菜と果物を”と言われた時期があった。随分改善されたが今度は後年まで、果物の過剰による過血糖を見るようになった。
また嘗て肥満気味の栄養士さんや保健師さんの指導では、食事よりも運動がより強調されることがあった(後ろめたさがそうさせた)。運動によってお腹が空き、返って余計に食べてしまい逆効果に警戒が必要だった。
バランスがことさら強調された時代もあった。オーバーカロリーの人が野菜果物の不足を指摘され、バランスの名の下に過剰な野菜や果物を追加し、さらに血糖値を上げてしまう現象もあった。
糖尿病とその予備軍は本当に多い。当院で9月末から一ヶ月間を調べてみると、診療回数のおよそ35%がそのような方だった。運動は取り組みやすいが、食事は当人が嫌気をささないよう配慮が必要だ。将来のために自覚を促しながら、体重を目安に親身になって意識を維持して頂くようにしている。
適切な総カロリーの概念は50年近く前から言われていた。ようやく近年医師の指導のほか会社の担当さん、保健婦さん、インターネットの学習など、全体で意識が高まりつつあるように見える。
あまりお金が掛かる方法は勿体ないので避けた方がよいのではないでしょうか。
手こずる二つの用件。
今夜は医療の日頃のこと、なかんずく往診の事を書いてみたい。
以前は重篤な心筋梗塞や脳出血なども往診依頼された。
かつて早朝の心筋梗塞で患者さんの救急車に同乗した。途中苦しい呼吸の中で何度も脈が無くなり、昇圧剤の静注を繰り返した。なんとか病院に到着できたが、専門医の到着は未だだった。その時は病院ナースに基礎的な指示をお願いして帰った。(病院に上がり込んでオーダーを出すなど、無謀なことでしたが、この方は助かりました)。
往診依頼の電話の際、緊急性の高いケースでは救急車も呼んでください、と伝えて出かける。しかし到着するとすでに亡くなっていたり、車の到着まで持たなかったケースもあった。脳出血(恐らく蜘蛛膜下の大出血)の女性は蒼白となり嘔吐し、悲鳴とともに激しく頭痛を訴えた。直後に身を反らせ強い痙攣を繰り返して息を引き取った。救急車は間に合わなかった。
真の救急に向けた病院の対応、地域の理解など全体が進み、今では上記のようなケースは直ちに救急搬送されている。わずか10~15年におけるめざましい進歩だったと思う。
ところでさほど頻繁ではないが往診用件で手こずるものが二つある。一つは鼻出血(鼻血)でもう一つは尿閉だ。
往診の一式。カルテのほか、左:主に内科用件の用具、手前:AED、
真ん中:お薬、右:応急処置用具と点滴類、点滴スタンドは常時トランクに。
いずれも夜間の依頼が多い。耳鼻科、泌尿器科とも病院医師が少ない科である。疲れている医師を煩わせたくないが、患者さんはおびえ、あるいは震えている。なんとかしなければならない。
鼻出血ではアドレナリンを浸したタンポンを詰め、氷で冷やし圧迫し、止血剤も注射する。夜間一時間も掛かってようやく止ることがあった。ご家族が心配して見守るなか、再び出血しないよう抜き足差し足、そーと帰った。
次は尿閉で、カテーテル挿入による導尿が必要となる。しかしどうしても奥がつかえて入らないことがある。患者さんは脚を振るわせて辛そうにされ、あまつさえ出血がはじまることも。
申し分けありません、と夜の病院にお願いしたことが数回あった。病院でも入らない場合は、外部から孔を穿ち、直接膀胱へ管を入れる。お一人はそのような方法によって今日もお元気で過ごされている。
さて今週末の夜は超高齢者の尿閉だった。以前外科医に聞いた通り十分麻酔ゼリーを使い、時間を掛けて通した。結局1000mlも出て、ご家族とともに驚きかつ喜んだ。週が明けたらカテーテルを留置しなければならない。
いつしか現役とは言えない年になった。夜間などは不安を払拭できないまま出かけ、病院さんにも助けられた37年。文字通りあっという間だった。私が知らない患者さん・ご家族のご苦労も沢山あったにちがいない。
肌寒い一日 保育園の健診。
夜半に雨、そして肌寒い一日だった。暑い夏が恋しいくらい、という感想を聞いた。
午後は近くにある保育園の健診に行った。1~5才児まで70人近く診た。一人も欠席者がいないとは珍しく、胸がすーっとした。
・健診中、列の遠くからニコニコしてこちらを見ている三才児の幼女。前回は大泣きしてとうとう出来なかったという。虫の居所が悪かったのですね。小さな顔、クリクリした髪、娘の幼少に似ていた。
・福島から避難の園児は一時20人前後だった。一年半を過ぎて3人にまで減ったと聞いた。あらためて大変な事が起きていたのだと思った。皆さんの運命は様々に変えられたにちがいない。
秋を告げる日に。
本日夜遅く、在宅で6年診ていた方が亡くなられた。
誤嚥による肺炎だったが持たなかった。もとの病歴は長年に及びご家族は情をもって介護された。
自分は9才の時からこの方を知っている。お元気な時のこと、衰弱の過程、ともに脳裏をよぎりそれぞれに悲しい。
「うちの人は先生が大好きでした」と帰り際、奥さんに言われた。
お心づかいは有り難いが、最後まで関わらせていただいたことに感謝しなければと思った。
今日一日、空が澄み、山と雲は極めて鮮やかだった。暑かったが、大気は秋の到来を告げていた。
S先生の白衣。
一昨日、新潟県上越市の頸北地域で長く医療をされたS先生が亡くなられた。享年85才、今夕直江津でお通夜があった。髙田の病院8年、当地で51年間の地域医療を遂行された生涯だった。
先生には、医療の原点ともいうべきエピソードがいくつかある。以下思い出を交えて一部をご紹介してみたい。
●30年以上も前、当地で駆け出しの頃、よく先生とゴルフをご一緒した。先生に自分はゴルフは好きだが、患者さんが心配で仕方ないことがある、と言った。すると先生は「心配なら出かける前に診てくればいいんだ」と話され、自分はそうしていると仰った。医師の休暇とはそういうものだと明快に教えられ、眼からウロコの言葉だった。
●45,6年前のこと私はまだ学生で、往診中の父が交通事故を起こして手術をした。リハから復帰まで二ヶ月ほどかかった。その間、S先生から週に一度代診をしてもらった。後年お礼を言うたびに「お互い様さ、助け合えばいいんだよ」と仰った。これも後々まで地域医療の重要なキーワードになることを実感させられた。
●以下は最近私の患者さんからお聞きした話になります。
昔、私(患者さん)たちは町の医者まで一時間以上かかる山に住んでいた。ある冬、父が腹痛で苦しんだ。近くの診療所で診てもらったが、悪くなるばかりだった。
里の方に若い先生が来たというので、私が夜道を下って呼びに行った。どうか診てください、助けてください、と必死に頼みました。
「女の人にそんなに泣かれては仕方がない、行きましょう」と先生は承諾された。
上りの雪道を二時間歩いて案内することになった。診察すると、腸閉塞ですからすぐ町の病院で手術です、と言われた。男手が集まって父をソリに乗せ病院に向かった。手術で父は助かり、S先生は私たちの恩人です。
さて2007年7月に中越沖地震があった。医師会長職を汚していた自分は震央に近いS先生宅などを見て回った。「ふかし君、どこから手を付けて良いか分からないよ」
初めて聞くような力ない先生のお声だった。
薬棚ほかあらゆるものが倒れ、あるものは割れ散乱していた。先生はすでに80才ではなかったか、ややおぼつかな気な長身の白衣が印象的だった。翌日事務局から何人も出てもらって後片付けをした。
今日のお通夜、先生の白衣が入り口に置かれていた。
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