聴老(お年寄り&昔の話)
夏の話が二つ。
明日はとにかく雨が降るらしい。近くの家庭菜園で、早々に夏の畑に見切りをつけ、秋に備えて耕やし始める人を見るようになった。暑さのなか、乾いた畑にモウモウと土ぼこりが立ち可哀そうなくらいだ。しっかり降って是非とも慈雨になってほしい。
さてお二人の以下のお話に感心している。
●超ご高齢の方にこの暑さは厳しい。しかしあるせがれさんの介護は非常に熱心だ。
「朝食はいつもの時間だと全く口を開けなくなりました。しかし時間を遅らせると反応するようになりますね」
相手に合わせていく、なるほどである。こうして一日2食になることもあり、それはそれで良いのである。
「ウトウトしてなかなか口を開けない時は〝婆、さあさあ畑の草取りに行くでね〟と声を掛けるとぱっと眼を開けて少しは食べます」
まず眼を開けてもらう、これも上手だ。介護者はお母さんが最も夢中だったことをちゃんと知っていらっしゃる。
手を掛けるだけでなく深い愛情と洞察。せがれさんには同行の看護師ともども感心させられている。
「少しでも親と話をしていたいのです」と本日の帰り際に仰った。
●夕刻来られた方が仰った。
「夏休みは次々に子ども夫婦や孫がきて、今日やっと皆帰りました。私は夏の我が家を〝民宿・赤字〟と呼んでいます」
我が家も梅を干す 「まー」と言うお年寄り 単純な誕生・多様な死。
昨日在宅で伺ったお宅の庭に梅が干してあった。本日は我が家でも妻が干した。昔ながらのローテクは目に優しく心和む。(梅は家で採れたものと頂き物が半分ずつだったということです。)
本日の新潟県上越市の最高気温は32度。週間予報は30~33度と示され、関東以西などよりやや低目のようだ。
日中お二人の高齢者が38度まで発熱されたが一過性だった。
盆はショートステイの利用が増える。来客に忙殺されたり介護者も一息つきたい。しかし如何せん患者さん自身急な弱りが見える時期でもあり、予約はしても利用の可否は気がもめる。
本日伺ったお年寄りは間もなく100才になられる。半年前まで大声を出されていたが、この数日は「まー」としか言わなくなったという。額を撫でて「どうですか」と尋ねると小さく「まー」とおしゃった。
〝すみません〟が短くなって、ついに「まー」だけになったと聞いた。やはり生まれた姿に戻るのか。
それにしても死は絶対運命にもかかわらず、自分のこととなると具体的なイメージを容易に作り難い。それは誕生と異なり遙かに多様で、人生の複雑さが深く絡んでいるように見える。
生まれた姿に帰るとはいえ様相は人の数だけ異なろう。死は誕生と同じく一瞬だが万差を経る。私たちは、あたかも生涯をかけて回り道をさせられている如くだ。このことはおそらくDNAの計らい(戦略)であろう。しかし全てを彼らの手にゆだねる訳には行かない。
可能な限り健康に留意すること。これはDNAによって複雑に仕組まれた生死を少しでも単純化し、かつ豊かなものへと導くことの根本にちがいない。
もう一輪斑入りの桔梗が咲いた 再びの熱暑と高齢者の脱水。
梅雨明けしていて再び蒸し暑さが戻って来た。気温が上がりお年寄りには厳しい気象となった。特に超が付くような高齢の方は温度感覚が鈍く、暑さを訴えることもなく厚着のまま平気で過ごそうとされる。
一方で身体は敏感に反応していて、密かに脱水が進行した結果、倦怠、食欲減退、反応や動作の鈍化が急に始まることがある。本日は三人の方にこのようなことが起こった。30度を境に数度の上下で全く状況が異なる夏、お盆に向かって心配される。
一昨日掲載しました斑入りの白桔梗がもう一輪咲きました。
大変愛らしく涼しげです。カフェの正面やや奥でひっそりと咲いています。
今日のおばあさんの話 再び牛 米の買い出しなど 大きなポンプ。
本日午前の仕事が終わる頃、実家が農家だった方の幼少の話を聞いた。80才半ば過ぎの方で、表情豊かにしっかり話された。昔の現実を見てこられた人の話は生々しく、いつもながら筆者には有益だった。
●牛
・農家に農耕用の牛馬は一般的だった。しかし小さな田んぼしか持てない家では、作業は主に手で行われていた。鍬を打ち農具を引く様子は辛そうに見えた。
・実家の牛はおばあさんに特別なついていた。普通ならスイカやマクワウリなどは皮を与えたが、「おまえは良く働くのでわしらと同じように食べなさい」、とおばあさんはしばしば実まで与えた。
●買い出し
・戦中戦後、米が統制され、時には米を隠していないか調べがあった。自分の所では米を保管するタンクの回りに蒔を高く積み上げて隠した。他の家でも色々工夫して逃れていたと思う。
・戦争直後、実家へ定期的に高田方面から奥さんたちのグループが列車で来て、内緒の米や野菜を買って行った。一通り選んで荷造りが出来ると、母やおばあさんがお茶を勧めた。魚のアラでだしを取った野菜の煮付けや漬け物などが用意され、こんな話が聞こえた。
「さあさあ、荷が出来たら汽車の時間までお茶でも飲まんかね」
「汽車なんかまだ何本でもありますすけ大丈夫ですわ、頂戴しましょう」
遠来の人は喜んでお茶を飲んだと云う。
・ときには古着と食糧の交換を求められたが、一帯では歓迎されなかったらしい。
●イモ畑
・当時サツマイモは貴重な食品だった。浜の方面にはイモ畑が沢山あった。イモの収穫が終ると畑に町から人が来た。小型の熊手で畑を掻き、残った小さなイモを探して持ち帰った。収穫後の畑なので、持ち主が咎めることもなかった。
●優しかった小学校の先生。
・子どもは農家の重要な働き手。自分は学校が好きだったが農繁期はよく欠席した。先生に以下のように言われたことがある。
「家が忙しい時は学校をいくらでも休んでいい。しかし仕事が終わったらまた一生懸命勉強しなさい」
Wという優しい先生でとても好きだったが、応召されて淋しかった。
皆様にお聞きしている話は特別な話題ではないかもしれません。しかし今後もお年寄りの昔話を書かせていただければ、と思っています。
おばあさんたちが生活した一帯の農業用水をまかなった大きな揚水ポンプ。
上越市大潟区は朝日池の土地改良区事務所に保管展示されている(昨年8月撮影)。
荏原製作所製で、高さは筆者の背丈よりずっと大きく、昭和9年から同58年まで活躍したと説明されている。朝日池から揚水し、大潟区、吉川区など270ヘクタールの水田をまかなったという。機械は見て判りやすく、重量感があり芸術的なかおりもする。
おばあさんの話が二つ 陶齋の器にアジサイ。
たまたまお二人のおばあさんの若かりし日、あるいはお誕生の話をお聞きしました。以下、今は昔の物語です。
●「若き日のおばあさんと牛」
かって戦時中、出兵のため農家に男手が足りなくなった。そのため娘だった自分が代掻きなどで大き牛を扱った。牛はおじいさんの言うことを聞かなかったが、私には素直だった。
仕事が終わると、「えらいえらい、よく頑張ったね。明日も頼むでね」と牛を撫でてやった。一方おじいさんは蹴ったり叩いたりして懲らして(こらしめて)しまったのではないだろうか。突然だったがもっぱら自分が牛を扱うようになった。
●「サナエという名」
サナエさんという名のおばあさんを診ている。もしやと思いカルテを見ると6月生まれだった。田植え時に生まれたのですか、とお尋ねした。
すると「家は農家で昔の田植えは6月でした。私はその田植えに生まれましたので、親は〝早苗〟という名を決めたそうです。しかし届け出た役所の人が、〝女だからカタカナでいい〟と言って早苗を消してしまったそうです。せっかくの良い名前をひどい話だった、と思っています」
季節はアジサイの盛りです。玉アジサイ、額アジサイ、誇るようにあるいは密かに咲いています。日ごと色を変えながら、梅雨時の庭を独り占めしているようです。
鉄絵の手桶花生(はないけ):陶齋さんは活けではなく生けの文字を使っています。
陶芸ホールに入ってすぐに手桶花生がお迎えしています。
花は美術館や仕事場の庭から運んでいます。
写真は本日生けられていたアジサイ。園芸種がますます多様となり楽しめます。
「今年の展示はいくつか器に花を活けたために、場内がとても生き生きとしましたね」、とは常連の男性のご感想です。およそ4つの器に花を入れています。
上越市は牧区からウド コムクドリが巣作り。
いつしか連休も終了となる。これでと思っていた図録が終わらなかった。挨拶から書き直しているのだから仕方ないのか。
このたび牧区の縁者ご夫婦から新鮮なウドを頂いた。「親父もお袋も年をとったのに畑を作ったり山へ行ったり頑張っている」。連休に帰郷した息子さんの言葉に畏敬が込められていた。
私について言えば、かつて亡き両親特に父にはある時期からはっきりした老いを見るようになった。なにがしか昨日の延長であればいい、と漠然と思っているが、今日自分もそう見られているのだろう。
上越市牧区は府殿の山の幸、ウド。
沢山いただきましたが、分けています。
本日初めて巣材をウロへ運ぶコムクドリのオスを見た。(あわてて撮っています。)
つがいは昨年と同じかもしれない。特にオスは首周りの模様がとてもよく似ている。昨年夏、懸命な子育をてした後、鳥ながら老けたな、と思った。しかしすっかりリセットして今年の子育てに挑戦しているように見える。
野鳥には野鳥の厳しい生涯があるはずだが、日頃、ぼんやりしているせいか彼らに老いを見ることがない。自然界には感心させられる。
分校同級会 親戚が70代が最も楽しかったと言った。
二日間ほど大変暖かな日が続いたが、本日は朝から寒風吹きすさぶ一日となった。一作日は20度もあったというのに本日は2度まで下がった。
昨夕、私たちが小学校一年生から三年生まで通った旧潟町村小学校の分校同級会があった。1クラス60人もの同級生だったが、毎年なので近隣だけで集まるようになっている。
昨年より1名多い13人の参加だった。幹事をした自分には1名でも多いのはうれしい。
みなすでに71歳になっている。だれかが帰りのマイクロバスの中で次のように言った。
「A君が˝こうやって元気でいれるなんて感謝しなきゃいけない˝って言ったよ。あんなにやんちゃだった男が言うなんて、みんな年を取ったんだなあってつくづく思ったね」
述べた本人もまたやんちゃだった。
最近、ある親戚との電話で「私は80歳を過ぎたけれど、旅行も沢山したし70代が最も楽しかったと思う」、と聞かされた。
驚くような話だったが、思わぬ安心と勇気を頂いた。
この方はつねに活動的で明るい。もしかしたら90歳をこえた時に「80代が最も楽しかった」と仰るかもしれない。
長く嫁ぎ先の両親を介護された方、人として理想的な言葉だと思った。
乱雑のようでも便利 お菓子のようなロウバイ。
今まで出来ていたことが出来ない、やる気が起きない。お年寄りからしばしば聞かされる不満です。読書、書字、趣味、家事、外出などいろいろあります。聞いた私はお返事しなければなりません。
「調子の波というのではないでしょうか」
「時間は沢山ありますからあせらずゆっくりやりましょう」
「一生懸命やったのですからここで少し休んでは」
などと嘆きを否定しないように何とかお返事しています。
本日の訪問で、移動に障害があるおばあさんが乱雑になった自室のことを嘆かれました。
かつて多趣味だった方で確かにいろいろなもので混み合っています。
実際私と看護師はストーブをずらして座るスペースを作りました。
「こんなになっちゃって」,と元気がありません。
見渡すと一見乱雑そうでしたが、物の位置関係などどことなく理にかなったようにも思われました。
「いえいえ、ほかのお年寄りもみな同じです、散らかっているようでも便利ではないですか」
「ああ本当なんです、便利なんです!」
お顔が明るくなりました。
花びらが厚く、艶やかで半透明な花はまさしく蝋で作ったようだ。
お宅の玄関で見事に咲いたロウバイの大きな鉢を見ました。鼻をつけると何ともすっきり甘い香りです。
「外に出しておくと鳥が食べてしまいますから」と、若いおばあちゃん。
なるほど、お菓子のような花は鳥が好むかも。
その昔お茶の稽古に通っていた頃、寒中突然のようにこの花が茶室に登場しました。
遠いと思っていた春がいきなり飛び込んで来たような印象を受けたのを思い出します。
しものがえ 汽笛に涙。
連日雪の予報はあるが美術館の頸城区、仕事場の大潟区ともほとんど積雪がない。但し明日から寒波という話も聞こえる。
さて、一昨日は皆様からお聞きした話として、農家の忙しい冬を書かせていただきました。本日は知る方もいらっしゃると思いますが、「しものがえ」です。
初めて聞いた言葉しものがえは、お嫁さんをもらうと、今度は相手方の家にこちらからお嫁に行くことを指しています。一定の年月の間に二つの家の間でお嫁さんが往き来するのですね。
なるほど、一度親戚になっているので、互いの家の様子が分かっている。問題がなければ安心であり、他を探す手間が省ける利点?が考えられます。
“親戚が増えないことも良かったのです”とも聞きました。余計な親戚づきあいを省き、倹約にもなるということですね。
しものがえは戦後のある時期まで、珍しいことではなかったと云います。昔は子どもを沢山生みましたのでこんなことができたのですね。(様式はともかく、言い方は当地だけのものかもしれません)
ところで当院では、冬期の通院の厳しさを考えて慢性の方にはお薬を長めにお出ししてます。それでお正月が終わったばかりの今頃はかなりヒマなため、何かと皆様に昔のことをお聴きしています。次は今夕の方のお話です。
“15才で名古屋に女中奉公に行きました。たまに親から手紙が来ましたので風呂場で読みました。その時に汽笛が聞こえると帰りたくて涙がでました”
この方は私より7つ年上、奉公はさほど古い話ではないことも知りました。
小生が撮った10代のころ(1950年代中頃)の上越市大潟区の広い海岸。
夢のような春の浜は浸食され、いくらお金を出してももう戻りません。
一年で一番忙しかった冬 浅草の人形屋 ワラ仕事など。
この数年冬になると、昔はどうしてましたかと患者さん達に聞くようになった。
不便な時代に行われた娘さんたちの奉公、男衆の酒屋もん(越後杜氏)。これらには時代の困苦とともに、人の逞しさと表日本や関東のまぶしい冬の陽光が重なる
以前、山間地出身の年配の男性に杜氏だと思ってお尋ねたら「浅草へ行ってました」と返事された。
「浅草の酒屋さんですか」
「いえ、人形屋です」
笑って仰っり、次のような話をされた。
秋の田仕事が終わると毎年浅草の人形屋へ行った。すぐに取りかかるのが羽子板づくりだった。12月中旬すぎると始まる羽子板市へ向かって精を出す。それが終わると三月のひな人形、そして最後の五月人形まで休みは無かった。
作るだけではなく売るのも仕事だった。博多のデパートはよく行ったと云う。
「博多はどこですか」
「岩田屋です、まだありますかね」
岩田屋は博多で学んだ母から聞いていたし、今もって立派なデパートだ。
話をお聞きした方は人形相手にさっそうと浅草から博多まで往来されていたのだ。男性だが色白でとても目鼻がはっきりしている。ご本人までがお人形のようで不思議な感じだった。
こうして聞く皆さんの話は、一部であっても小生の半生などよりはるかに興味深い。どうしてだろう。
それにしても働き手が出稼ぎに出た農家の冬場は、年寄りと女衆、子どもまで皆が忙しかったらしい。
「ワラ打ち」「縄ない」「ムシロ編み」「ぞうり編み」「俵づくり」「カマス編み」等々、ワラ仕事は総出だったという。ある方は「モンペや野良着をこしらえたり、修繕するのもこの時期。冬は一年で一番忙しかもしれませんね」と仰った。
春は待つだけではないのだ。昔人の話は聞きやすい上ためになり有り難い。
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