明け暮れ 我が家 お出かけ

母の出身地の川がテレビに映った 雨降りの昼。

2020年7月7日(火曜日)

本日も雨が降り続く。
人間ならば息切れするところだが、雨はいっとき休んではまた降るを繰り返している。

洪水が頻発している九州の雨は残酷なほどで、昨日は母の出身地である佐賀県鹿島市の映像がテレビに出た。
母の昔話に出てきた川が氾濫しそうだった。
母はよくこの川で泳いだという。
ある日泳いで帰ると、いつもは穏やかな母が烈火の如く怒り、お前の背中に石をくくって沈める、と言ったという。
子ども時代ならまだしも、もう娘になるのだからはしたない、ということだったらしい。

近隣の水田。
雨を降り残した雲がもやもやと米山にけむっている。

本日昼のいっとき美術館はお客様で賑わっていた。多くの人がカフェを使われるが、今年は特に初めての方々が熱心に展示をご覧になり有り難い。

私がいた時に、俳句の皆様が寄ってくださり、庭を見ながら発句をされていた。
また車椅子でご老人をお連れした女性の静かな甲斐甲斐しさは印象的だった。
あるご夫婦は毎年結婚記念日に当館を尋ねてお茶を飲み、玄関で記念写真を撮ると仰った。例年スタッフがシャッターを押すらしいのだが、今年は私が押させてもらった。
持ち寄り食事会の後と仰る四人の女性は、カフェがいっぱいで陶芸室のテーブルにすわって頂いた。陶齋の作品に囲まれ、ここもいいですね、と仰った。

 

雨降るお昼のひととき、皆様有り難うございました。

ケータイメール・ライン無経験者の4枚目の机上メモが始まる。

2020年7月1日(水曜日)

私は一応スマホを持っている。
しかし汎用出来ず電話メインで、時々ほくほく線の時刻表を見るか、外出で地図を見る程度しか使わない(使えない)。

その上恥ずかしながら一度もケータイやスマホでメールというものを打ったり貰ったことがない。パソコンのEメールは使うが、まず仕事か買い物関連に限定される。

小さな道具のひらがな入力が苦手なのが原因といえば原因。ほかにアナログ頭なのと、親密な人間関係を有さないこと、あまり暇がないことなどで、電話以外ほとんどスマホをいじらないし、メールもラインも過去現在皆無なのである。

それでも生きているので、良い悪いの問題ではなさそうだ。年のせいかなと思ってみるが長年のことなので何とも言えない。
一方、ニュースを見たりブログを書いたり、写真を扱ったり、調べ物や品物を探すなど、パソコンには頻繁に接する。
それで問題なしと諦めてはいるが、目の前の人が、あっちょっと待って、とスマホを取り出したり、即座に検索したりするのを見ると少々羨ましく写る。

話変わってそのアナログ者(もの)の骨頂、机上の一枚メモです。
PCのキーボードの手前に広げて使っています。
昨年8月から始まった大きな一枚メモが3枚目を終了、本日新しいのを敷いた。
仕事用、ブログ用、学習、予定などに手書きで使う。
今回終わったのは今年2月18日に替えたもので、4ヶ月半使ったことになった。
※手帖は医師会の仕事をしている時に必携でしたが、止めると使わなくなりました。

 

このたび終了した縦39センチ横42センチの紙はカレンダーの裏。
角などはボロボロになってくる。
2月18日のブログに「新型コロナの件が好転するような断片が現れることを期待している」と記している。

近づいて撮ってみました。

ボールペンの記載の上にマーカーなどを使って更に書いている。
新型コロナウイルスに関連したメモが多くみられる。
コロナの事情が好転したとは言えず残念。

本日4枚目となる紙を敷きました。

取り替えると、明日へのささやかな希望を感じます。
便利と言っていますが、結局横着が正解なのでしょう。

さて、スマホ苦手、いろは入力苦手でしたが、検索だけでも出来ればと考え、昨日就寝前のベッドで、スマホを手に例文を打つ練習をしました。
はたして少しは使うようになるでしょうか。

何十年ぶりに一人で午後のゴルフをした。

2020年6月25日(木曜日)

日中ずっと曇り空だったお天気は夕刻からポツリポツリと始まり、間もなく本降りなった。
カラ梅雨気味の空が続いたので恵みの雨である。

そんな日の午後のお天気は曇り空。仕事休みだったので近くのゴルフ場に電話をして、一人で半ラウンド出来るか尋ねてみた。すぐにでも出来ます、と言う返事で1時30分からスタートさせてもらった。
午後のハーフを一人で回るのは何十年ぶりであり、こんな贅沢をしてもいいものか、と少々気が引けた。

薄暮料金という設定があり、ビジターで4650円は昔よりも随分安くなっていた。およそ1時間半、広い場所で気兼ねなく過ごせたのは幸運だった。

 

このカートに乗って回った。

仕事場から10分も掛からずに着いてしまう米山水源ゴルフ場。運営会社に変遷はあったが、50年以上前の開業当初から長く親しんだ。
ここにゴルフ場ができると、それまでテニスをしていた父やその友人たちは一斉にゴルフを始めた。今みな故人になったが、熱中振りは大変なものだった。

ただ今23時を過ぎた。
雨は力強い音を立てて降っている。森羅万象、この先の豪雨に洪水、さらに先の酷暑についてはどうか手加減をしてもらいたい。ましてコロナに於いておや。

こどもの日は胎内市の村松浜へ。

2020年5月8日(金曜日)

去る連休の5月5日こどもの日は、午後遅く夕刻の胎内市の村松浜を目指した。
これまで三度同地を訪ねた。いずれも海水浴シーズンを外していたためか広い海岸に人気は無かった。
あそこなら大丈夫ということで、夕焼けを期待して妻とともに向かった。

 

サラサラした白砂の村松浜。

 

広い海岸にお子さん連れのご夫婦と私たちだけだった。

 

思ったような夕焼けにならずに暮れた。
風があって写真を撮っていると手かかじかむほど冷たくなった。

 

清潔な砂浜にコウボムギとハマエンドウがけなげ。

 

月が昇り日が暮れる。

砂浜の小さな駐車場の車中でお弁当を食べてお茶を飲んだ。

この先もっと年取ったら、こんな風にのんびり旅するのも良いかな、と思った。

級友を亡くす、「Stormy Weather」と「Again」。

2020年5月5日(火曜日)

不合格だったある大学受験の試験場で、言葉を交わした関東の名門校の生徒。次の学校の二次面接でまた出会い、順番が私の前だった。今度は共に合格したが、卒業までの6年間、イニシャルが同じだったため教室では最後まで前後の席で過ごした。

運動能力が高く体育の時間に野球をした時、次々と長打を放った。軽く振っても遠くへ飛ぶのである。何故か気が合い、卒業まで軟式テニスと音学部を一緒、互いの家や下宿を訪ね合い、冬はこちらへ来てスキーをした。
多くで彼に叶わなかったが、組織や病理のスケッチなどは私が少し上。しかし二人の間でそんなことは一つも話題にならなかった。

卒業後は別々の科に入り進路が別れた。専門分野でよく勉強し働き、人望厚かったらしい。
たまに同級会や部活OB会で会うだけになったが、遠く離れた地域で同じ時期にそれぞれ医師会長を引き受けていたのには、やはり不思議な縁を感じた。

今冬その彼から部のOB会開催の知らせを受けた。
それが一昨日、密かに進行していたという病で亡くなったと知らされた。
早口の声がまざまざと耳に残る生き生きしていた人間がなぜ?
どうしても納得できない。
ただ悲しく涙が出た。

 


レナ・ホーンの「Stormy Weather」

互いの家の行き来で彼はギター、私はウクレレを手にスタンダード曲のソングブックを開きながら歌った。
ある日、突然私の知らない「Stormy Weather」を歌い出して驚いた。だが途中から形式などもややこしくなり、あれこれやった後あきらめたのを覚えている。
上の動画をみると、難しいどころか長すぎて手に負えないのがよく分かる。諦めて正解だった。

頭の回転が良く、いつも読みが正しい。多才で運動神経抜群。女性にモテ、毒が無く人間らしい人物だった。

次の易しいコードの「Again」を聴いてくれると嬉しい。

 


ゴードン・ジェンキンスのオーケストラで「Again」

万一あの世で会えたならまた同じクラスにしてもらいたい。
「アハハ、待っていたんだぞ」と言いそうな気がする。

シジュウカラが庭の灯りに営巣 カワラヒワとスズメ 蕗を採った妻。

2020年4月30日(木曜日)

温暖だった木曜日、運動不足の解消にと午後、美術館の庭に出た。するとシジュウカラがしきりに警戒音を発している。近くに巣があるのではと思った。

 

ツーピー、ジュジュジュジュッ、ジュジュジュジュッと激しく鳴く。

付近に巣がありそうな場所が二カ所あった。その一つが庭灯だ。以前のブログを見ると2016年4月24日に、庭の西側の灯りに空いた穴で営巣したシジュウカラの記事がある。
今居る場所は家のアプローチで、脇に同じ形の灯りがある。今年はこれを使うのかと想像し、離れて腰を下ろしてカメラを向けた。

するとやってきた。

 

 

灯りの下方に丸い穴が空いている。

 

 

入った。

 

 

再びやって来る。

 

 

今度は赤い虫をくわえている。

 

 

飛び立つ姿は格好良い。

以前の営巣はヘビやネズミがいるかもしれない雑木林の地上近く。当時何故ここにと非常に不思議だった。この度は道路から家に出入りするアプローチのすぐ横で、公道も近い。
人の気配がある分、こちらの方が卵やヒナを襲う動物を避けられそうだ。過日テレビで、思わぬ所に巣を作るシジュウカラのことを放映していた。郵便受けや伏せた植木鉢での子育てに驚いた。

本日餌が運ばれても巣からヒナの鳴き声は聞こえなかった。生まれたばかりか、あるいは抱卵している親鳥に餌を運ぶようなこともあるのか、巣は静かだった。これからはそーっと通り、いずれチーチーと聞こえるであろうヒナの声を楽しみに、沢山の巣立ちを期待したい。

 

シジュウカラを待っている間、カワラヒワが近くの枝にやって来た。

 

表情がやや穏やかなので雌か。
毛づくろいをしてみせた。

 

餌台にスズメが一羽。

 

妻が農道に面した場所から蕗を採ってきた。

今冬は雪が無く暖かったため、早くからモグラが庭で大騒ぎしている。お陰で沢山植えたチューリップの球根が9割がた食べられ、哀れにも枯れてしまった。茎を引っ張ると球根が無く、スポッと抜けるのである。こんなことは初めてであり、とても驚いている。芝生にも入っているらしく、軟らかそうな場所を踏みつけ、全体に撒水した。

いつも学童の自然観察日記風な記事ばかりで、美術館館長らしくないブログだなあ、と思っています。どうかお許し下さい。

小学二年生による「森のトマト畑」の感想文

2020年4月21日(火曜日)

1982~83年頃、こどもたちのために書いてみた「ばいきんきち」をその1およびその2、続いて「森のトマト畑」その1その2を二回にわたり掲載させて頂きました。

当時小学2年生の娘がそれを学校へ持参しました際、担任の先生が生徒さんたちに読み聞かせをされ、後日森のトマト畑について、クラス全員による感想文が届けられました。劇にして楽しんだ写真も添えられ、大変恐縮しました。

 

綴られた31名の感想文。

いずれも文には絵が描かれていて、生徒さんの感受性に刺激を受けたのを思い出します。

おおよそ40年前の皆様にあらためて感謝し、中から幾つかを紹介させて頂きました。

「この本を読んでいただいたら、わたしもそのトマト畑にいきたくなりました。森のどうぶつたちは、なかよしなんだなあ、と思いました。からすはがんばりやだと思いました」

「とってもおもしろいお話でした。ぼくは、からすがほんとうに太陽をもってくるかと思いました。ぼくはピーマンと、トマトがきらいだけど、きゅうしょくででたらぜったいたべます」

「太ようと、みんなトマトをまちがえていて、カラスが「それは太ようではないんだよ」といってもかなしくなかったから、よかったなあと思いました。

「先生が、この本を読んでくれた時わたしは、とってもすてきな本だなあと思いました。りすたちは、トマトを太ようとまちがえてずっと太陽を見ていました。わたしもまちがえたらずっと見ているところでした。この本を書いてくれた人、ありがとうございます」

文では、カラスが正直に話し、みんなに責められなかったこと、ウンチの種が芽をだすこと、人間がクマと話をすること、太陽とトマトが同じか?ということなどへの興味が沢山書かれていました。

以下文に付けられていた絵の一部です。

文・絵とも一生懸命に書かれています。全部をお載せできなくて残念です。

三密 淡交 自分を消す。

2020年4月13日(月曜日)

長年どちらかというと賑やかな所は苦手で静かな場所と時間が良かった。
30代のころ、近しい人が、春の連休の軽井沢について〝まだ賑やかではないのでイヤだ〟と話した。
アララ、春の軽井沢は静かで新緑、それなりに良いのに、と思ったが、人の好みは如何ともしがたいので、〝そうですか〟とだけ言った。同じ一万円でもお札1枚より一円玉1万個を喜ぶようなものかな、と思った。

そんなわけで外出となると近郊の静かな里また里山、柿崎海岸あるいは自然公園などで十分楽しめている。ましてお隣の妙高、柏崎や糸魚川の市へ出かけたならば旅情十分で、自然も風物も外国へ来たように心奪われる。

慣れた所も季節ごとに花鳥風月は異なり、毎日毎分雲と日射しは変わる。ましてカメラを持参するようになってから、なにかしら初めての草花や鳥に出合えるようになった。さすが連日は飽きるが日を変えれば基本同じ場所で一向に差し支えない。

もしかしたら自分は忘れっぽいので何を見ても面白いのかな、と思うことがある。ほかに迷惑をかける事でもないので、まあいいか、と深く考えないでいる。
そもそもこの年になると〝ある程度健康であれば生きているだけで満足〟という道理も働くのだろう。

「三密」
世が世なら、これは空海が説いた「身」「口」「意」、三つの本意(加持)だった。それで字面をみれば宗教的あるいは哲学的な雰囲気を漂わす魅力的な文言に見える。だが今日、新興感染症対応の基本として登場したのは密閉、密集、密接を三密として避けようと、いうもので偶々同じ文字になっただけのことである。
さてよく見れば現三密を避けるのは、親友もいない、酒も飲めないことなどから、およそ自分の性に合っていると捉えている。ただし密閉から開放され静かな戸外へ出ることだけは許して貰いたい。

普段仕事上密接する機会は多く、今日皆様とは相当距離を意識するようになった。逆に皆様の方から私との距離を置こうとされる態度に接することがあり、三密の行き渡りに感心している。ただ三密の励行は行政の力などではなく、ウイルス自身の強大さがさせるものであり、そのことだけは肝に銘じなければならない。
はたしてこれが何時まで続くのか、以前触れたように当面新しい文化として親しむことになりそうだ。

「淡交」
昭和62年初夏に入門した裏千家茶道の同門組織に「淡交会」があり、不肖永久会員の末席を汚している。人との距離、あるいは密接度に関して良い言葉がある。

〝淡交会」とは、十四代家元淡々斎宗匠の斎号に因み命名されたもので、荘子の「君子之交淡若水」 (君子の交わりは、淡きこと水の若し)に典拠するものです。
淡々としてあたかも水が流れるようになにごとにも執着せず、 どんなときにも感情に流されない平常心の交わりを意味し、茶禅一味の精神を根本とします。」、とホームページにある。

 

人はじめ万物との交わりについて述べられているのだろう。原典には続きがあり「小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)のごとし」と述べられるので、淡きことの価値がいっそう分かりやすくなる。

ところで世間には、ある種の話題になると反射的に激しい感情を込めて人や他国を非難する人がいる。見ていると喧嘩そのものとして写る。
自分を愛する余りであろう、心中休むことなく喧嘩が行われているのではと想像される。ご自分の正義とはいえそのような言説を耳にすると、立派な人なのにと、悲しい気持ちなる。

この点禅味が原点の淡き交わりは理にかなっている。
一昨年4月、お家元がお正客の八畳間の席でお点前をさせて頂く機会に恵まれた。
所作を分けたり繋げたり、人にも観ててもらったり、イメージトレーニングを入れつつ徹底して稽古をした。
最後の方になって、良いお点前とは〝自分が消えてしまうこと〟ではないかと気がついた。すべてそのための稽古だったのかと振り返った。

心配をよそに本番では、水のごとく淡く振る舞えたやに思われた。その時不思議な有り難さで夢心地さえ去来し、あとで家元から暖かなねぎらいを受けた。
但しもう一度それを行えるかと問われれば、今後の稽古(修業?)次第としか言えないのが情け無い。

さて、以上何からこのようなことを書き連ねたのかよく分からなくなりました。昨日日曜日は頸城区にある「大池いこいの森公園」へ出かけた事、それを三密の一つとして言い訳をしたかったからのようです。大変長くなりました。

昨日の大池湖畔。

当日の花鳥などの写真は次に掲載させてください。

頸城野の道。

2020年4月9日(木曜日)

薄曇りの午後休診日、
車を駆って頸城区は茶臼山公園の東を通過する林道を走ったり歩いたりした。新型コロナウイルスに巻き込まれているうちに、野は芽吹き新緑の装いを始めていた。

美術館からほど近いこの道は、さして高くもないが山道の風情があり、舗装もされている。花を、よしんば鳥にも出遭いたいと思って出掛けた。

 

ポツンポツンとカタクリ
花期のうちに群生を探してみたい。

 

小さな谷あいのユキツバキ。
五枚の花びらに楽しい変化があり、茶席でも喜ばれる。
遠慮しないでばっと開くのも良い。

 

イカリソウ(トキワイカリソウ)。

 

途中の果樹園。

 

ムシカリは真っ白。

 

初めて見たきれいな色の小さなスミレ。
名が分からなかったが、初対面なので訊くわけにもいかない。

 

イワカガミがいっぱい。

 

見慣れたタチツボスミレ。

 

道はおよそこのような感じ。

 

写真の左の方から入り、高い所の林の中を向こうへ抜ける。

途中で来客の知らせがあり、引き返した。

客人はとても趣味の良い人で樹下美術館の常連さん。コロナの四方山に茶道具や棟方志功、あるいは作品の真贋のことなどを話して清々しく過ごした。
いつもより互いに離れて座るのは、それとはなしにコロナを意識しているせいであろう。

 

客人を見送って、新堀川の桜を見た。
(フラッシュを焚いています)

 

林道の帰りがけ期待したエナガの小さな群が枝から枝へ飛んだ。素早さに追いつけずうまく撮れなかった。

今朝の雪より驚いたこと。

2020年2月28日(金曜日)

今朝がた突然雪が降り驚いた。午後の在宅回りでは、少し海岸から離れると雪は見られず、海沿いだけ帯状に降ったらしい。

 

今朝の潟町の庭。

さて雪よりずっと驚いたのは昨日首相から発せられた小中高の一斉休校の一声だ。
いま行う全ての対策はこどもを学校に通わせ続けるために行うくらいの覚悟が必要なはずである。学校や教育はそれほど貴重で、社会の最上位レベルにある。
それをこうもあっさり止(と)めてしまうとは何なのだろう、本当に驚いた。

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