今朝の新潟日報「にいがた人の本棚」と「銀の匙」。
去る3月末、新潟日報日曜版月2回のコラム「にいがた人の本棚」に向けたインタビューを受けていた。愛読書に類する書物を取り上げ、それにまつわる種々を話し、囲みとしてまとめる企画だった。
なぜ私にお鉢が回ったかはっきりとは知らされなかったが、かなり前もって打診があり、逡巡した後お受けし、書物「銀の匙」を取り上げることになった。
来訪された記者さんから「銀の匙」のあらすじや読みどころなどと共に、著者の事、私の生活と読書などを訊かれた。記者さんは柔軟で知的な人。話を楽しむようにインタビューを進めてくださった。
とりとめ無い話をきれいにまとめて頂いた記者さんは、本当に凄いと感心した。同書や著者について調べていることも窺われた。同行のカメラマンさんも熱心で、最初は美術館館内で、後から外のベンチで撮ってもらった。桜の陽光のせいで、しわくちゃの顔がトッチャン坊やに変わっていた。
さて前後篇のある「銀の匙」前篇は、27才の著者による明治中頃の幼少時代の自伝的小説。シーンの一つ一つは、読む者が主人公のすぐ隣か後ろに居て、それらを目の当たりにしているように鮮明に描かれる。主人公の幼少は虚弱で敏感ゆえ、一見ありきたりの出来事も物語か事件のような波乱や美しさがあって興味深い。
ひ弱な頃の主人公(私)は前後して二人の可愛い女の子に好かれる。ともにおませで活発。遊びを通して彼女らに翻弄されるが、そこには明らかな好意や愛情が生まれていて、周囲から嫉妬もされる。
ほかに“おばさん”という貴重な人物がいて、病弱な母親に代わって私を背負い、歩き、導き、ともに遊ぶ。伯母さんは漢字を読めないが非常に博識で信心深く、第二の主人公ではないかと思ったほどだ。
おばさんは立場上責任として関わっているが、その態度から並々ならぬ愛情が読み取れる。
二人の幼女とおばさん、いずれも女性だ。何をしても互いの距離と心は絡み合うように睦まじく近い。幼少からこれほど異性に好かれる著者・中勘助とはどのような人だったのか、前篇を読み始めるや興味を禁じ得なかった。
主人公は中学生になるころから急に知力がつき身体も壮健になるが、生き物はじめ万象の摂理を愛し、「銀の匙」後編では、男らしさに憑かれる14才上の兄と常に衝突する。
かって著者の幼少は大変な美少年ではなかったのか、と書いた。ネットや書物で知った成人の中勘助は身長が180㎝もあり、外国人か俳優のように見栄えの良い容姿をしている。幼い頃はことさら可愛かったのであろう。
成長した著者は一高、東大へと進む。
「銀の匙」とは別の話だが、家庭に於いて凄まじい不条理と確執の渦へ巻き込まれる。それから逃れ、かつ物書きとして家計に付与するため敢えて放浪の身となる。
その過程で「銀の匙」前編は野尻湖弁天島に籠もって書き上げられた。柏原駅から送付された原稿に目を通した夏目漱石は、“美しい,、自分には書けない”と絶賛し、朝日新聞の連載が決定した。
後年氏は兄の病と狂気に等しい行動に苦悩しつつ、一方で美しい女性たちの愛の告白に遭う。知的で見栄えの良い男性は一見幸福そうだが、深刻な人間関係や問題にも悩むのであろう。詳しいいきさつは知らないが次第に禁欲的な生き方へ、そして仏教へと傾注していく。
この間に小説「犬」を書いている。
「犬」には異教徒と通じたうえ子を宿した美しい娘への異常な嫉妬から、魔術を使って娘と共に自ら犬になり飽くなき色欲にふけるバラモンの聖人が描かれる。「犬」の読後、一体どこでこれが美しい「銀の匙」と繋がるのか、めまいを覚えるほど混乱した。
「銀の匙」を書いた27才の著者には、直前の妹の死、兄の病および兄嫁への同情や思慕、ほかに様々に複雑な事件があったのであろう。自他が陥っている辛酸と自らの苦悩の浄化、あるいは魂の補償や解毒として「銀の匙」を書いたのでは、と精一杯空想してみた次第です。
昨年1月26日、たまたま訪れた野尻湖湖畔で中勘助の詩碑に出合いました。それは昭和20中頃~30年代、家族とともにたびたび訪れた懐かしい野尻湖の旧バス停の一角にありました。碑には弁天島で再びホオジロの声を聞く勘助の深い孤独が刻まれています。
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