三ヶ月経って 追悼 輸血と献血

2011年6月11日(土曜日)

白いバラ 

東日本大震災から3ヶ月が経った。宮城、岩手、福島の三県を中心に死者15000人を越え、8000人の方がいまなお行方不明だ。お元気なまま突然に遠くへと失われた方々とそのご家族の無念は察するにあまりある。

 

一方で、仮設住宅の整備は進みつつあり、宮城県は目標の約7割に当たる約1万5800戸が着工・完成済み。岩手は7月上旬までに全約1万4000戸の完成を見込み、福島は必要の約1万4000戸のうち約1万2000戸が着工したという。

 

但し仮設住宅の生活にも課題があることが浮かんでいる。さらに原発災害を被った福島県の避難生活者はいまだ約10万人におよぶという。簡単に故郷に戻れない実情は大災害の深刻な複合性を物語っている。

 

さて被災地復興は日本の復興と同義語となった。日本は重い傷を負い一気に血液を失ったまま倒れた状態と言える。
血液は資金そのものであろう。急性期の今、大量輸血が求められる。それによってまず立ち上がるに必要な意識回復が可能となろう。その後は中長期にわたる血液補給と増血剤投与、栄養など生活改善、並行してリハビリへと向かうのだろう。

 

今輸血は、あるところから全てをかき集め必要なら借りて、ドラスティックに行われなければならない。緊急輸血で死が避けられたら、慢性の血液不足の日本のこと、私たちにも根気のいる献血が求められるのではないだろうか。

 

なによりも今は瀕死を自覚し、一刻も早く血液を脳(被災地)に集めることだ。

 

敗戦復興は戦勝国の助けが大きかった。今度ばかりは自らの手で行わなければならない。負傷者自身が自らを助けるという構図だから長い困難になろう。価値観の転換を希望に、メリハリを効かせ、短気は禁物だ。

 

一方、現地への全力救済を横目に財界などが電力不足の不安を騒ぎ始めた。原発への未練を引きずったまま早々と負けいくさを宣言しているように見えて、情けない。

  

二輪のバラ 

 

被災と仮設住宅の進展状況はyahooニュースの河北新報のページなどを参照しました。

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