2022年4月7日

戦争の残虐 ある人の言葉は永年の罪の意識からか 裏手に宵の桜。

2022年4月7日(木曜日)

戦争行為に公式非公式、あるいは表裏があるうえ、さらに個別に断罪されるべき「犯罪」行為まである。ウクライナ侵攻は国を挙げての暴力沙汰だが、次第にロシア軍による民間人への凄惨な拷問や虐殺およびレイプが報道されるようになった。

残虐行為は偶発でなく軍には強さのほか悪徳を知らしめ、相手の厭戦を促そうという意図があるのだ。
特にロシア軍の凶悪さを指摘する記事は見られるが、このたびは傭兵の関わりも大きいのではという気がする。
もともとロシアは残虐を想定して傭兵を投入しているのではないだろうか。これなら、「ロシア兵」はそんなことをしない、と言えば済んでしまう。都合が悪ければフェイクといい、狡猾さでも指導者は際立っている。

実直が価値だった世界を一夜にして残酷、凶暴の悪徳が席巻する。進んでいるとされている国でこれだけの反道徳が行われるとは、21世紀はまだまだ未開発な時代だと言わざるを得ない。
個人が日夜洗練と生活努力に勤しんでいる時に、国家が如何に遅れているかをイヤと言うほど知らされる。どこかでしっかりリセットしないと、そう遠くないうちに世界は滅茶苦茶になってしまいそうだ。

残酷と言えば話変わって、
古い事になるが、当地で仕事を始めて間もなく、特に昭和50年代は色々な人が来た。
ざっと計算すると当時60才前後、太平洋戦争で軍人だったという一人の男性が脳裡に浮かぶ。褐色の人は小柄ながら鋭い眼光の持ち主だった。

初診でその人は
「私は満州で何人も支那人を斬った」と言った。民間人が相手らしかった。
何が言いたいのか分からなかったが、私は憤りを覚え、
「いくら戦争と言っても自分は何人殺したかを、自慢げにしゃべるなど最低だ。そんな事を言う人はうちに用は無いから帰ってください。」
と怒鳴った。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないの」と彼は眉をひそめた。
「一回だけ薬を出しますが、次はほかへ行って下さい」
と言って終わった。

ひと月後その人はまた来て、この間は申し分け無かった、と謝った。以後奥さんも一緒に来院されるようになり、20数年通われた後お二人を看取った。
初診であんな事を口にされたのは、必要以上に私との上下関係を意識されたのか。もしかしたら殺めた中国人に対する永年の罪悪感からだったのかもしれない、と後に考えた。

 今夕5時半ころ、美術館裏手のソメイヨシノ。

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