2019年11月12日
去る日曜日の柏崎行き。
私の庚申塔探訪は言葉は悪いが、近郊ドライブの「眼なぐさみ」、あるいは一種気まぐれとして、細々と続いている。
先々で出合った石塔周辺の自然や社寺あるいは集落の印象などから、そこの風土や暮らしぶり、あるいは昔人の願いなどを思ったり、気づかされたりして楽しむという風で、研究などの上等なものでは全くない。
さて昭和41年発行の「越後の庚申信仰」には以下の丸い庚申塔が掲載されている。
越後の庚申信仰:尾身榮一 大竹信雄 共著 庚申懇話会 昭和41年10月28日発行
「越後の庚申信仰」にある写真。
何かとても可愛い印象。
下の基壇から上へ、構成している各部分のバランスが良い。
青面金剛が円形の石に掘り出されている一見和やかな石像だ。様々な様式がある中で、本尊が円いふち取りに収まるのは珍しく、是非とも見たいと念願していた。
くだんの本には柏崎市四谷2とあり、実は今年1月妻と車で周辺を巡ったものの見つからなかった。
このたびは去る11月3日日曜日、新潟市に用事があり、途中再度の柏崎行きを試みた。
目的の同市四谷の通りは隅々まで家が建つ。村落の庚申塔ならば集落の境や社寺の門前などでよく見るが、街中ではよほど目立つ場所か、所番地が明瞭でない限り中々見つけ難い。
この日も道を変えながら色々回ったが、駄目だった。最後に近くの柏崎警察署で聞いてみて、駄目なら諦めようと決めた所で、とある庭から婦人が出てこられた。
その方にお声を掛け、本の写真を見てもらい、近くにありませんか、と尋ねた。
「庚申塔ですね、多分あそこでしょう」
「え、あるのですか!」
「すぐそこですよ、主人は今出ていますが、この方面の専門家です」
ああ、こんなことがあるのだろうか、偶々遭った人のお身内が探しあぐねていたものの専門家とは。
女性は私たちがその前に立っている「三忠呉服店」の女主人だった。
利発そうなその方は道を挟んだ向かいの路地に入って行かれ、私は後に付いた。30メートルほど歩くと、傍らに以下のような石仏・石塔が突然固まって現れ、大変驚いた。
本当にすぐ近くだった。
右の奥まった場所(白矢印)に、ああ、ひっそりと円形の石塔が見える。
そこには庚申塔に石仏、墓碑、、、。
昔人の真摯な魂が宿るここはパワースポットでは。
三猿はデザイン化され、金剛の顔は横にらみ風に見え、どこかユーモラス。
本よりも一段と白カビが生え、持物などはっきりしない。
見える二臂のうち左手はショケラ、右手は羂索?あるいは剣を握っているようだ。
本尊はやや稚拙だが、このように変わった庚申塔を彫り上げた石工(いしく)は
一体どんな人だったのだろう。
若い人なのか、こんなに丸く円を切ったり彫ったり、素晴らしい。
あたりを見ると、石塔群の先に遺構があり、尼寺の跡だという。案内された方も尼寺の往時を知っておられ、後からお二人の女性(お店のお客さんということ)が加わり、ひとしきり尼さん(安寿さん)の話になった。
小生の近くにもかって尼寺があり、早春に涅槃図の前で説話を聞き、撒かれたダンゴを木の枝に刺して持ち帰ると、長火鉢であぶって食べた。柏崎の尼寺の跡で昔を偲ぶとは、この日は色々お土産が付く。
尼寺跡。
石塔群には多数の庚申塔があり、地蔵菩薩のほか僧侶のものと思われる先端が尖った丸い墓碑(卵塔、無縫塔というらしい)が数多く見られ、二十三夜塔もしっかり認められた。
青面金剛と二十三夜塔。
路地を挟んだ向こうにお堂があり、以下のように地蔵尊が三体安置されていた。
真ん中の像は中越沖地震で倒壊し、後に継ぎ合わせて復元されている。
痛ましい姿だが地元の方達の温かい信心が伝わる。
脇の二体はほかから運ばれたものとお聞きした。
新しい花が日射しを受けて幸せな光景だった。
お尋ねした方のお店「三忠呉服店」
後日の調べでご主人は元柏崎市博物館館長さんだった。
奥様は地域の故事風習に触れる活動をリードされておられる。
あこがれの庚申塔を探すに、これ以上ない家の人に尋ねたことになる。
こんな幸運があろうとは。
さて柏崎市では、古来大晦日から1月下旬まで学問の神様である天神様の掛け軸や人形を祀る習わしがある。また9年前から地震による中断を挟んで「天神街道 天神さまめぐり」が行われている。お店はその幹事をされているらしく、市内30カ所の参加店舗・家庭の中で要のひとつとして展示をされる。
ところでこの日、嬉しい事に、最初に名刺をお渡しすると、“樹下美術館なら私たちは良く行きますよ、とても気に入っています”と仰って頂いた。樹下美術館にはドナルド・キーンセンターや木村茶道美術館、地域活動のグループの方々ほか、柏崎の皆様にお寄り頂いていて、普段から感謝に堪えない。
同市は、庚申塔はじめ道祖神から風神まで石塔が多い。市のもとはといえば柏崎長勝と能「柏崎」の物語、桑名藩領としての歴史、貞心尼の足跡、幾本もの谷筋ごとの文化と産物、、米山信仰、番神岬の日蓮、由緒ある寺々、焔魔堂、随所の木喰仏保存、魅力的な綾子舞や大和舞、そして越後ちぢみの商いによって輩出された趣味家、文人に名コレクターなど、文化は鮮やかで深く、一方でポンツーンを連ねた海辺のハーバーは清々しい。
このたび思ってもみない出会いのお陰で余計柏崎が好きになった。来る1月には天神さまめぐりをするため、是非とも伺わせていただきたい。
(そういえば、私のところでも昭和20年代のある時まで、父が正月に天神様の軸を掛けた淡い記憶があります)
思えば2007年6月10日に樹下美術館が開館してほぼひと月余、中越沖地震に見舞われた。館内で台に立てかけた皿が一枚倒れたものの無傷で済んだ。しかしお客様として開館早々お尋ね頂いた柏崎市のあるコレクターさんが、まともに被災され悲しいお手紙を受け取った。
地震の際、直後から柏崎市医師会長とコンタクトを取り、夜間に同市米山の避難所を巡回したことも今は懐かしい。
いずれにしても民家、社寺の損壊、あまたある石塔石仏の倒壊などは如何ばかりだったか。まだ課題が残るかもしれないが、よくも立ち直ったと、あらためて感心させられる。
追加:当館の開館直後、同市の湿原の展開に合わせ、拙生の植物画の絵はがきをショップで販売させて、と博物館から申し出を受けた。大変恐縮し、お願いすると沢山売って頂いた。
御地の皆様、これからもどうか宜しくお願い致します。
ついつい長くなりました。
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