「水を飲んでも肥るんです」。

2019年7月9日(火曜日)

①肥満はさまざまな点で健康を損ねる原因になる。
特に中高年で重要な課題だが、若年でも決して無視出来ない。
重篤な例で、ニュースで知ったマラソン中の芸能人の心筋梗塞や食後の突然死はいずれも著しい肥満の人だった。あるいはどうしてもコンビニを素通り出来ない超肥満の若者がトイレで突然死したケースに接したこともあった。
中高年では、ゴルフ場の昼食後、胸を押さえて真っ青になって倒れ、救急搬送された銀行員のケース、救急車の到着以前に死亡された退職直後の方、早朝の救急車に同乗し強心剤を打ちながらかろうじて病院へ到着した老人、いずれも肥満されていた。
このような最悪アクシデントは他人事ではなく、一線を越えた肥満は影響を足し算しながら身体を確実にむしばむ。

②ひごろ事業所健診の結果表を見る機会がある。
表の頭に身長体重比・BMIがあり、それだけで、続く項目にどれくらいチェックが入るか、およそ見当が付く。
BMIが25以上の人ではウエストに始まり肝機能、血糖値あるいはHbA1-c、脂質代謝の四項目にしばしばチェックが付く。高血圧も少なからずあり、目を凝らしてデータを見ていかなければならない。一方肥満の無いBMI22前後の人では、およそ最後までチェックが無い人が多く、あってもわずかでありく両者の明暗ははっきりしている。

③寿命は延伸し、2008年に始まった特定健診(メタボ健診)の意義はますます重要であり、メタボは決して死語ではない。
健診の事後指導などで、「まず運動そして食事」という見出しを目にする。しかし私は意識づけからしてまず何よりも食事だと思っている。
如何に熱心に運動をしてアウトプット(出)の増加を図っても、食事のインプット(入り)側をコントロールしない限り、代謝は改善されない。またそのことが納得されない限り、減食と体重改善は容易に実を結ばない。
さらに運動は個人の身体条件や能力によって、誰でも決まった分量を実行できるとは限らない。また運動だけで体重を減らそうとすると、体を壊すほどの量をこなさなければならず、日常としてはやはり無理がある。
一方食事は理にかない、誰にでも公平に出来、すぐにでも始めることが出来る。
食品会社の健康アピール記事は、およそ運動が強調されていて、やや辛い。
肥満者やⅡ型糖尿病の人ではまず食事。運動は身体能力に見合う取り組みにより、食事の効果を補完するものとして重要という認識で良いと思う。
これが自然な流れであり、単純にメタボ改善=運動ではない。

④さて日頃、
「食事を正すため少し加減しましょう」と言って、肥満の方に減食のニュアンスを伝えると、多くの場合、
「えっ、食事減らすんですか、私余計に食べていません」と始まり、説明が進むに従い、
「ご飯なんかこどもの茶碗一杯です」と手で茶碗の大きさが示され、往々最後に、
「私、水を飲むだけで肥る体質なんです」というホームランが飛び出す。
本当は多く食べるから、喉がかわいてよく水を飲み、食べたことを忘れるか省略して、「水をのんだだけで肥る」と仰る場合がほとんどなのだ。

⑤本日、ある患者さんが、某病院で診察を待っている間、カーテンの向こうから聞こえた話として次のような事を仰った。
そこでは肥満に関してまさに上掲のようなやり取りがされていたらしい。
そこでついに“水だけで肥る云々”のホームランが出て、医師は次ぎのように対応したという。
“えっ、本当ですか、それは非常に珍しい、本当なら凄いことです”
“丁度いま空いている病室があります。できれば直ぐに入院して調べさせてくれませんか。今からそれををご主人に電話してもらえますか”
と。
「凄い先生だなあ、と思いましたよ。大体水だけで肥るなんてのも、変な話ですよね」と、くだんの患者さんは笑いをこらえ仰った。
私自身、「水だけで肥る」に対して、“本当ならば確実にノーベル賞の研究対象になります”と言ったことが過去何度がある。
それに比べれば、先の医師は良くもリアルに話を進めたものだと感心した。
しかしこのように一種否定的な対応だけだと、さすが「水だけで云々」は仰らなくなるが、肥満是正の本番はそれから先であろう。

⑥かように減食の提案はまず必死の抵抗に出合う。
それだけ食事、なかんずく満腹あるいは肥満レベルの摂食は、その人の幸福に強く結びついていると言える。
このような場合、いくら診断基準や疾病リスクを持ち出しても、軽い脅しにしか聞こえないのではないだろうか。
だが、「先生、少し脅かしてください」
3,40年前の糖尿病指導会でたびたび行政保健婦(当時)に言われた。
脅しはともかく、疾病のメカニズムと合併症の脅威を説き、摂取カロリーの話を何度もしたが、成果は判然としなかった。
指導会の前段で保健婦さんたちの話を聴いたことがある。
だが彼女たちの体型がひと目で分かる肥満だったので、殆どの場合講話はアハハ、オホホの笑い話にしかならなかった。

⑦その後「肥満は体質」と粘る人たちに対して、私は以下のように過食と身体の限界、そして健康と幸福を話すようになった。
“食事が幸福の時間であり、少しでも多く食べたいというのはよく分かる”
“ずっとそれが続けられるなら、一番良いかもしれない”

“だが、残念ながら私たちの体には限界があり、年取るに従って一層それがはっきりしてくる。
胃腸、あるいは膵臓や肝臓、何より大事な心臓などの内臓、さらに血液や神経までがどんな量の食事にも耐えられるという訳ではない”
“あなたの内臓や血液は、
「もう少し食事を減らしてください。私辛いんです」と言って、必死に我慢していることが考えられます。
食べたいのはお口だけで、大切な体はもう勘弁して、といっているように思います。
内臓や血液は声を出せないため、黙ってあなたの食事に耐え、もしかしたら食事のたびに辛くて泣いているかもしれません。
自分の人生を支え幸福に暮らすため、これから健康は最も大事になるのではないでしょうか。
その健康を一生懸命支える内臓や血液に我慢をさせたり、泣かせていて本当に良いのでしょうか。
今まで十分に食べてきたのだから、そろそろ変えてみるのはどうでしょう。
これまであなたを支えた内蔵にありがとう、と言い、これからはそれをいたわり、大事にします、という風に考えてみましょう”

“老後は長くなりました。
しかし、我慢していた体が、ある日突然大病を起こし救急車が来る、あるいは後遺症で生活が一変することは十分に考えられます。
体に負担を強いるより、一割で良いから野菜以外の食品を全体に減らし、間食はこれまでの半分にして明日に回してみませんか”
“そもそもスーパーで余計に買わないことから始めたいですね”

“体重が減るのは足腰や心臓にも良く、動きは今より軽くなるはずです。
満腹より健康が一番と考えて、これから少し方向転換してみましょう”
「体はそのことを待っているはずです」

現場で、私はざっとこのような話をさせてもらうようになった。
私の気持ちではなく、患者さんの体の気持ちを比喩化して話しいるつもり。
時間があって一気に話すこともあれば、何度か分けて話すことや、繰り返すこともある。
このようにしてから、
最初に語気を強めて反発していた人が、最後に“ありがとうございました”、と礼を仰る人が出るようになった。
肥満は体質、と言いつつ、多くの人は出来れば減食して痩せたいと願っているのではないかと思う。
お礼を仰る人は、話の内容よりもこちらの熱意に納得されたのかもしれない。

⑧一ヶ月前、むくみがあり、会話と動きがつらい80半ばの肥満した老人に、利尿剤の注射をして減食、減塩の話をした。
本日診てみると下腿のむくみがほとんど取れ、なにより表情が豊かになり、明るい目をされていた。
6キロ減らしましたよ、とはっきりした口調でご本人が仰った。
全然元気になりました、と傍らの娘さん。
バランスよく毎食、野菜以外の一割を意識して減らせば(実際は3~5パーセント前後でも)、身長153㎝、60キロ超の体重は一ヶ月で5~6キロは問題無く減る。
なにより意識の変革が大切であり、この方は、もう一段確実に減らせると期待している。

⑩食事の課題を省いて血圧高めの人に、血糖値が高めの人に、と謳う商品を勧める広告が氾濫している。
食事をそのままにして、薬の数と量を増やすのが治療だと考えている人も少なくない。
開業を始めて来年は50年、しがない老医の限界をまことに申しわけない、と常に思っている。
ただ、食事とタバコ、それにアルコールの三点だけは、まず丁寧にお話ししなければと考える昨今なのです。

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