2014年5月
マンテマの赤い道。明日は「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」。
2009年の今頃、美術館裏の農道でマンテマの群生を見た。
数日来この花が、上越市土底浜の西の端で旧国道に沿って数十メートルの土手を赤く染めている。
近くで見ると白いふちどりのある小さな赤い丸紋が集っている。外来種と言われるが愛らしい着物の小紋のようで和風な印象がある。
明日は暑い一日の模様。陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会の初日。無事を願いたい。
頂いた根曲がり竹 遠雷に起こされた早寝
上越市のように海有り山有りの地方の良いところは、旬の食べ物に恵まれることがあろう。
本日はいつものご近所さんから根曲がり竹を頂いた。
焼いて七味を加えたマヨネーズ味噌で食べた。
どこから採ってきたの?と聞いても絶対に教えてもらえない美味しいタケノコ。
その食事のあとで猛烈な眠気。
横になると眠ってしまった。
どれほど経ったのかごろごろと遠雷が聞こえてきた。
大きな音がして目覚めると10時半。
制作中の図録「樹下美術館の倉石隆」の挨拶文の最後がまだ決まらない。
起きて悶々とするうち氏のモノクロームからヒントが浮かんだ。
うまくい行けば早寝の得になるかもしれない。
鳥の水浴びを見ながらカフェで昼食。
本日昼食に美術館へ寄ると、やはり鳥たちの水浴びを目にした。
水浴びは大胆な行動ながら、無防備でもあるため落ち着かず、それがまた可愛い。
全てのカウンター席から見えますが、一番左の席が正面となりよく観察出来ます。
コムクドリ雌
(鳥の写真はCanonEOS60DにCANON EF70-300mm F4-5.6L IS USMEFでズームレンズで撮りました)
その昔、室内で傷ついた雀のヒナを育てた。
うまく育ち、ある日皿に水を張って置くと突然水浴びを初めた。
教えた者も居ないのに、けなげな姿にジーンと来たことがあった。
(その後砂浴びもしたのです)
水浴びは鳥達の特に愛らしい時間。
庭の奥にあった時、からすも訪れた。
しばし湯船につかる如く深く身を沈めた後、ダイナミックにしぶきを上げた。
今後の水場は、巣立った幼鳥や若鳥たちも加わって賑わうにちがいない。
どんな鳥のどんな光景が見られるか楽しみ。
皆様もご覧になってみてはいかがでしょうか。
山に白雲庭に花 水場に小鳥の夏は来にけり。
本日気温が30度近くまで上がった。関田山脈からむくむくと白雲が沸き立ちいよいよ夏。
庭の花々が満を持して開花を待っている。
ススキが葉を伸ばしトクサがぐんぐん大きくなっている。
待ちきれずに咲いたアスチルベ。これから緑が濃くなると余計白い花が目立つ。
カフェの遠い正面で水盤を乗せていた山桜の切り株が朽ちた。
皆で水盤を持ち上げてカフェの近く左手に置いた。
本日寄った時、何種類か鳥たちが来ては飛び去った。一羽の鳥を撮ったらコムクドリだった。
以前の半分より近い距離のため見やすく、これから大変楽しみ。
上掲二枚はカフェのガラス越しに撮りました。
一番左手のカウンターが最も見やすいようです。
夜、窓を開けますと、ひんやりした風が通りました。山の、あの何ともいえず気持ちの良い匂いがすーっと入ります。
この間まで春まだ寒し、などと言っていたのが嘘のようです。
影が幻想美人になるパーテーション
夏休みと連休どき以外は火曜日休館の本日午前。
スタッフ、アシスタント5人が美術館庭の除草作業にいそしんだ。
昼食は皆さんと落ち合い、近所の食事処で摂った。
そこは隣席とパーテーションで区切られている。
スクリーン風のパーテーションにプリントの如き庭木の影があった。
たまたまスタッフがその前を通った所、くっきり影が写るのです。
試しに二人のスタッフに手前に座ってもらうと、美しいプロフィールが現れるではありませんか。
まるでおとぎ話の主人公ようでした。
少々不思議でしたが外に反射物があり、お天気や時間でうまく映し出された現象だったのでしょう。
夕食は久し振りに友人夫婦と高田で一緒しました。ほぼ同じ年、仲の良いご夫婦からはいつも刺激を受けます。
雨の樹下美術館 陶齋の器でお寿司の会。
本日朝から雨模様、午後からしっかり降り初めると23度あった気温が17度に下がりました。
このところの診療では気候の急変などで消化器、呼吸器、皮膚など急性疾患の方が増えております。
一斉に訪れた春の影響で仕事、畑・園芸、家事、旅行、スポーツなど忙しく過ごし、隠れた疲れも溜まる時期かと思われます。
過日はB型インフルエンザの方が来られました。
さて本日雨の日、新潟県立高田高等学校の卒業生さんで、私より少し上の女生徒さんたち10数人が来館されました。
鵜の浜温泉に宿泊し、女子だけの同級会をされ本日のお訪ねということでした。
観覧のあとのカフェで全員がお抹茶。予めその事をお聞きしていましたのでお茶碗の総動員でした。
皆様お若く、展示、雨の庭、お茶とも喜んで頂いたとお聞きし有り難く思っています。
ところで、お陰様で6月の「陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会」のご参加は予約が埋まっております。
このたびご都合悪かった皆様、是非「秋の会」にお越し下さい、お待ちしています。
●受付は7月1日からお受けします。樹下美術館の窓口またはお電話025-530-4155でどうぞ。
●1回1組6~7人のテーブル席で館長もご一緒します。
お一人様の参加も大歓迎です。
(どうぞ大きくしてご覧下さい。)
60年はやはり長いと感じた級友との再会。
今年4月に小学校の同級会が鵜の浜温泉であった。
その時「俺Y、わかりますか」とある男性がにこにこしながら話しかけてきた。
にわかに思い出せなかったが、続けて性をつけて名乗ってくれた。
雁子浜のY君?!ああ何という懐かしい名だろう。
確か小学校の君はやはり今のような人なつこい笑顔で、はっきりした言葉を話していた。
もう細かな場面は思い出せませんが、名前と笑顔と話し方で十分でした。
学校の行き帰りを一緒に歩き、学校でも何かとそばに居ましたね。
自然で楽しくて安心だったY君。
卒業すると私は高田の中学校へ行ってしまい、会うのは小学校卒業以来。
つまり昭和29年3月以来実に60年ぶりだったのです。
ある意味10年でも長いのに、それを6回も繰り返した歳月です。
卒業してから数年は年賀状をやりとりした覚えはありますが、
あなたは中学校を卒業すると東京へ出て就職したのですか。
その後の苦労と恩人との出会い、そして方向転換と成功。
素晴らしい話でした。
しかし何より60年の歳月を経ても当時と同じ笑顔としっかりした声で、目の前に居るY君。
そのことが本当に嬉しかったのです。
話変わりますが、子ども時代や学生時代の写真などを見ると、
「時はあっというまに過ぎ、人生は短い」という月並みな感覚に襲われます。
しかしY君の名を聞き、笑顔と声を目の当たりにすると当時の自分たちの雰囲気が蘇るではありませんか。
あたかもすっかり忘れていたシミのような小さな点が、突然3次元的に急膨張し実感をもって現れる。
それは写真と異なり「ああ、やはり60年は長いんだ]と、
思わないではいられない不思議な時間感覚を伴っていたのです。
同級会の上手なスナップ写真を送ってくれた彼に、昨日午後遅れていた礼状を書きました。
過ぎる時間の早さを嘆く日にあって、
人生が長いと感じるには、忘れてしまった古い友人か初恋の人などと巡り会うのがいいのかも
しれません。
それにしましても、
①昔々とても親しく感じていた人と。
②長く会わないですっかり忘れ。
③突然のように再会する。 これら3つが揃うのはそうそう無いかもしれません。
しかし、しかし、これから年取ると、まさに85、90と健康に年取ると、忘れていた青年時代から幼年の事を明瞭に思い出すようになるらしいのです。
それは長く診た患者さん達はじめ、晩年の母にはっきり見られたことでした。
実際に再会しなくとも手に取るように昔々が現れる。
その先はどんどんと赤ちゃんまで戻って行き、ついには居なかった静かな世界へと帰るのでしょう。
このような過程は認知症の側面(あるいは老化現象)などとくくってしまうより、はるかに巧みに仕組まれた健康的な終末の贈り物tというべきかもしれません。
超高齢者の方達は「長ーく生き過ぎた」と本気のように仰います。どこかで若き日、幼き日が蘇っているのでしょうか。
私がY君と出会って長い60年を感じたように、恐らくそれ以上に。
おととい蓮華 今日は葱 アカシアこぼれて 寒くても初夏。
ここ二日間で合計20時間は寝ました。
疲れたら休んで(眠って)とは、いつも皆様に言っていることでした。
するとどうでしょう、二日続けて腰が痛くなり(寝腰です)、気分も滅入っている感じがしないでもありません。
明らかに寝過ぎです。
午前中に診療して、その行き帰りに階段を250段ほど昇降、自己流ストレッチもしました。
午後は保育園の健康診断、終わって午後休診の日のため美術館へ行きました。
以前にも書いた大潟区渋柿浜のアカシア香るねぎ畑。
かつてのヨット仲間が作っています。
カフェでコーヒーとロールケーキを食べ、お礼状の葉書を書いているうちに心が落ち付きました。
窓辺の若い2人の女性とテーブル席のおばさま達がカップやお抹茶茶碗を喜ぶ声が聞こえます。
でしょ、でしょ、と心で叫ばせてもらいました。
行き帰りのねぎ畑は大いに雨を喜び。
周囲のアカシアの花は(もちろんニセアカシア)はこぼれんばかりでした。
いっとき射した陽に、アカシアの花と若葉が色冴えます。
今年は雪が少なかったせいでしょうか、多くの花々は色濃く沢山咲くようです。
寒い一日でしたが、人も天然も元気でした。
終わって励み ああ、れんげ草。
本日拙展が終わりました。
皆様のお陰をもちまして無事であり、かつ大方の売り絵は完売され、絵はがきは1200枚ほど出ました。
(会期中失礼と思いましたが、品質に問題を感じた[「辛夷」の3Dキャンバス数点を押さえさせて頂きました)
皆様のご感想では水彩画への評価を多く耳にしました。
期間中水彩は難しいという話をよく聞き、私自身もそう振り返っています。
一方油彩に関して、新たな境地と指摘され勇気づけられました。
年齢と根気を考えますと、出来れば油彩による植・静物画を深めてみたい、という心境です。
さて本日昼休みが終わって会場から帰る道すがら樹下美術館へとさしかかる場所で、
美しいれんげ草の群生をみました。
なんと美しい光景だろう。これだけ爽やかなのは、管理をされているからだろうか。
終わって見ればあっという間でしたが、展覧会の会期中お訪ね下さった全ての皆様、
ご後援を頂いた新潟日報社、株式会社上越タイムス社、上越よみうり、
FM-J エフエム上越、公益社団法人上越市有線放送電話協会、高田文化協会、
上越美術協会、 主催の遊心堂の各位。
「有り難うございました」
「新たな励み」を得た事は何よりの収穫でした。
貴重な収益は樹下美術館の充実のために当てさせて頂きます。
早くも涼し青田川。
拙展も残り一日となり、本日午後1時間少々在廊しました。
お客様は減り始めましたが、それでも閉館まで60名前後の方が見えた模様です。
中に懐かしいお顔もあったと聞きました。
明日最終日は1時間短縮して5時の終了です。
帰路青田川の遊歩道を少し歩き、橋から写真を撮りました。
拙句) せせらぎは早くも涼し青田川
幾つかのラッキーと一つのアンラッキー。公立美術館との交流。
何度か書きましたが、本日日曜日は午後3時から新潟市美術館で倉石隆の話をすることになっていた。
実はそのためのスライド作りを昨夜から続けていた所、気がついたら朝7時!
キャプションの位置を揃えるなどまだ修正したいところもあったが、即刻中止して寝た。
起きて拙作品展に出向くと10時半、もうお客様がいらしていた。
2011年新潟市の知足美術館の個展でお会いしたある退官教授ご夫婦のお顔が見えた。
その時自分もボタニカルを描いてみたい、と仰り、後にわざわざ樹下美術館まで訪ねてこられた。
幾つか要点をお話したことは覚えているが、頂いた年賀状のバラに独自の境地を見て驚かされた。
このたびは絵葉書にした最近の作品を拝見したが、ル・ドゥーテばりの生き生きしたバラだった。
起伏を越えて筆を折ることなく描き続けられた事に、同志的幸福を覚えた。
皆様にご挨拶している間にあっという間に正午、新潟市へ急いだ。
新潟市美術館協力会の年次総会後の講演は「倉石隆作品との出会いと樹下美術館」がテーマ。
80枚もあるスライドを急いだが15分の予定オーバー。
終わって一つ質問が出た。
会場の様子 司会は1995年の図録「倉石展」を作られたM氏。
その方は以前に樹下美術館を訪ねたと言われ、当館オリジナルのシーグラスチョーカーを着けていらっしゃった。
質問も良く、丁寧に答えさせていただいた。
さらに会場には上越市からご常連さんの顔が見えていて、遠くでご自分のチョーカーを指さされた。
こともあろうに来月、会場の皆様はバスで樹下美術館を訪ねてくださるという。
小さな樹下美術館の何という果報、有り難き幸せである。
終わると担当の副館長Mさんが「開催中の特別展「洲之内徹と現代画廊展」を案内して下さった。
膨大な展示を急ぎ足で見て回った。
中でも夭折した画家達の作品には独特のインパクトがあり、直視の機会が乏しい松本俊介、村山槐多らを
目の当たりに出来たのは望外の幸運だった。
昔の芸術家は止まない咳が始まると結核→死を直感して、憑かれたように濃厚な若い魂を燃焼させたのか。
その点、何とはなしに80、90と長生きする現代の制作には、ある種の間延びの辛さなどないのだろうか。
反面、その気になれば死期を意識する晩年こそ、長い過去の経験と相まって新たな精彩が期待出来るかもしれない。
たわ言はこのくらいにして、続けて案内された同館のコレクション展示を急いで見た。
驚いたことに、倉石隆の戦後初期の傑作「(静物あるいは瞬間)」が入り口の特等席に架けてあった。
図録「倉石隆展」の一番目にある作品で、想像よりもずっと大きく103,3×162,1㎝の大作だった。
自由美術協会に入会した年の記念碑的作品にちがいない。
乏しい絵の具をいとおしむように丁寧に使い、全体に幸福感が漂っている。
猫と手袋の黒を浮き立たせるアイボリーとグレーが効いたおしゃれな絵だ。
その次のコーナーには倉石隆と傾向が似て、しかも氏が影響を受けたウジェーヌ・カリエールが4点?並んでいた。
軟らかなランプシェードに浮かぶカリエールの人物。
「霧のカリエール」と称された通り、うす靄のような空気の中で静かに呼吸していた。
倉石氏から続くこの並びは憎いほど気が利いていて、同館ご自慢のコーナーであろう。
先日は新潟県近代美術館の学芸員の方達が当館の堀口すみれ子さんの講演会に来られた。
また、この度は新潟市美術館に招かれ、来月は協力会の皆様が樹下美術館を訪ねてくださる。
かつて遠いと感じていた公立の大きな施設と小さな私どもが親しく交える。
わずか8年目であるが頑張ってきた成果なのか、大変嬉しい。
本日関東、東京から来客があり鵜の浜温泉で夕食をともにした。近時珍しく品の良い夕焼けだったが、陽はすでに帰りの道中で沈みカメラには収まらなかった。
2時間しか寝ていない日の高速道路、、居眠りが心配だったが無事だった。
日暮れた上下浜のあたりから高速道路を見る。遠くく火打山、焼山、西頸城の山々が見える。
拙展の会場で友人とご家族が「ガラステーブルの洋梨」を2点買って下さったと聞いた。
友は有り難い。
「樹下」の名付けを気に入って下さったお客様。
午後の在廊を終えて樹下美術館へ帰るとほっとする。
ところで本日新潟からのご夫婦は道路の案内にあった「樹下美術館」の「樹下]の名が非常に気に入り
わざわざ探して来られた、と言う。
樹下からは癒やし、リフレッシュ、さらになごみのイメージが浮かびます。
名付け親がいうのも何ですが、私もこれ以上良い名は無いと思うほど気に入ってます。
そのことをダイレクトにおっしゃったお客様に非常にシンパシーを感じました。
8年目の初夏を迎える庭木はいつしか大きくなり、樹下のイメージがらしく感じられるようになりました。
お客様は樹下美術館を喜ばれ、展示をご覧になりカフェで休み、庭を歩かれたそうです。
拙生の絵はがきを求められると、その場で知人に書かれたということでした。
館よよさらに樹下となれ。
途切れない入場者様 迫るのに延ばす。
本日金曜日、疲れて昼食もせずに昼寝をしたら午後1時をかなり回っていた。
慌てて遊心堂さんへ、そしてすぐにお弁当。
昼休みを過ぎた時間だったので次々に来場の皆様が見える。
妻の話によると、午前中には舟見先生、堀川先生、東条先生らアートの大御所の方達が
お見えくださった、と聞いた。
励ましを頂戴したようだが、プロの方達の眼は厳しかったに違いない。
遅く出かけたせいで1時間足らずの会場だった。
皆様が如何に花を愛しお好きでいらっしゃるかひしひしと伝わる時間だった。
明後日は新潟市美術館のイベントで倉石隆を話すことになっている。。
スライドを作っているがすでに40枚になった。
齋藤三郎の焼き物は用の側面から見ることが出来るが、倉石氏の絵画は黙するばかりだ。
その分なぞが多く、それだけ深く感じられる。
他者を語るのは相当な困難を伴う。
人間同士であることに基盤を求めて幾つかの角度からお話しすることにしよう。
倉石隆の図録表紙。
これをスライド表紙に使う予定です。
本物の図録発行は開館記念日の6月10日へとまた先に伸びました。
「人生の終わりは足早に迫りくるのに、仕事は先へ先へ伸びる」
わが遠い縁者・小山作之助が晩年このような意味の言葉を述べています。
恐ろしくて較べるべくもない人の言葉ですが、やはり分からない訳ではありません。
始まった拙展 夏へと移ろう花。
お忙しい皆様のお陰をもちまして「花の肖像展Ⅱ」の初日が無事に終わりました。
大勢お見え頂き、初日のレコードでしょうとは店主のお話でした。
あらためて見た水彩画からは、15,6年前に始めた頃のフレッシュな感覚が蘇りました。
心配しました油彩の販売はおよそ三分の二が売れました。
初めての皆さん、患者さん、ご近所さん、日頃お世話になっている皆さん、お目に掛かったブログの読者さん、皆様まことに有り難うございました。
仕事場のなにわいばらが一斉に咲いて、花は早くも初夏の装いです。
今後も筆を折らず、出来ればゆっくり描いていきたい、としみじみ思った一日でした。
その昔のつわり すがすがしい野草 何か恥ずかしい作品展。
あるおばあちゃんがつわりの話をした。
生まれを尋ねた時、頸城村から潟町へ嫁に来たという事から始まった。
自分は悪阻(つわり)がひどく、三人の子どもはみな辛かった。
いずれも時期は今頃から夏にかけてだった。
実家で大事にされたが、嫁ぎ先に戻ると途端にひどくなった。
ただいま、と戸を開けると家の中からカイコを飼う匂いがムッとした。
すぐに吐き気に襲われ、口に手をあてがって二階の部屋へ急いだ。
「つわりなんて病気じゃないんだからねえ」
ご近所とお茶飲みしていた姑の大きな声が下から聞こえた。
もうひとつ辛いことがあった。
昔の男達はみな髪にポマードを付けていた。
自分の夫もたっぷり塗っていて、甘ったるい匂いがぷんぷんしていた。
「来たかね」などと言ってそばに来ると途端に気持ち悪くなった。
以下は本日の在宅回りで車を止めて撮った路傍の草花です。
こんな草地を見るのはつわりによかったかもしれません。
マンテマではなかろうか。
(色が茶系、ガラガラした感じからスイバのようです(5月20日遅れて記載)
大きく強靱な夏草と違って今どきの野の花はさわやかだ。
「あまどころ」は明日からの作品展にあり、「あまどころ黄葉」もあります。
いよいよ迫りました拙展、明日の午後は定期の休診ですので1時過ぎから会場に居る予定です。
ところでこれまで3回の展覧会の中で、なぜか一番恥ずかしい気がするのです。
本日地元の記者さんたちとお会いして 一昨日のマジックアワー。
本日午後、昼休みの時間を利用して遊心堂さんの会場で地元の記者さんたちとお会いしました。
上越タイムスのT氏、上越よみうりのMさん、JHKのNさんでした。
場内を見ながらお話をし、またテーブルにも座りました。
私が花を描く訳、描き方の要点、要する時間、これまでの作品展のことなど色々聞かれました。
懐かしいT氏、熱心なMさん、マイクを向けられたNさん、熱く好意的な取材を有り難うございました。
新潟日報さんは初日の取材ということ、どうか宜しくお願い致します。
昨日展示作業を終了した作品達は、明後日の初日を私以上に緊張して静かに待つ風でした。
何かと忙しかった一昨日の日曜日、以下は妻と外食した日没後の直江津地域のマジックアワーです。
会場でほぼ展示準備が完了しました。
午前中に妻が水彩画を搬入し、昼休みに訪ねた遊心堂さんギャラリーではほぼ展示準備が完了していた。
高田への途中で見た山。湿ってクリーミーな雲が掛かる妙高連峰と南葉山。
畑も花も雨を待っていましたが日中はぽつりぽつり。
しかし今23時、本降りになりそうです。
壁に掛かったサムホール。
悪戦苦闘したのに壁でお澄まししている。
たちつぼすみれの水彩2点、ささゆりの色紙三点を販売に加えることにしました。
程よくスペースがうまり気持ち良く見ることが出来るようです。
明日はご後援頂いている報道関係の記者さんたちが来られるということで、お会いすることになっています。
控えめな対応ができればいいのですが。
連日自分の事ばかりで恐縮しています、しばらく続きそうです。
間もなく拙作品展 額入りしました。
アートサロン遊心堂さんギャラリーにおける15日からの拙作品展が迫りました。
すでにSMキャンバス(サムホールキャンバス サイズ22,7×15,8㎝)が額に入りました。
展示としまして、
水彩画は平成9年以来手許にあるものを中心におよそ50点です(過去に展示したものが多く含まれます)。
油彩(油絵)は昨年来製作しましたとても小さな作品およそ70点です。
油彩を樹下美術館の支援に販売させて頂くとことにしました。
商品になるのですから大変緊張致してます。
10×10×3,5㎝の極小3Dキャンバスに油彩「椿」と「辛夷(こぶし)」を沢山描きました。
こちらは額なしです。ただいま掛ける留め具を付けに出しています。
「ガラステーブルの洋梨」は8点です。
背景に少々の変化を付けたものもあります。
単調な作品ですが、モチーフを4種に絞り、精魂こめることにしたわけです。
額は数種類に分かれています。
価格は3Dキャンバスが5千円前後、SMキャンバスは3万円台(いずれも消費税込み)が想定されています(少々高いでしょうか)。
お忙しい皆様と存じます。が、お暇の節はどうかお立ち寄りください。
健診 小学一年生のスパゲッティミートソース 施設のミーティング。
昨日、本日と午後大潟小学校の健康診断があった。
昨日は1年生の1~3クラスと5年生の1クラスを、本日は2年生と4年生を診た。
喘息とアトピー性皮膚炎が混じるが治療を励行していて落ち着いていた。
可笑しかったのは入学して二ヶ月目の1年生の服と口周りだった。
多くの生徒の白い体操着の胸元が茶色に汚れている。
よく見ると口の両側にもうっすらと茶色の汚れが伸びている。
傍らの養護教員が「今日の給食がスパゲッティミートソースだったのです」と微笑んだ。
1年生が終わって5年生になると、見事なほど衣服も口もきれいに変わった。
但し一年生とちがい、5年生で肥満が少々目に付くことが課題。
施設の真っ白なアメリカハナミズキ。
ここは帝国石油の寮があったところで、往時の方が植えた樹のようだ。
健診を終えて2カ所の老人施設を回った。初めにグループホームで3人を診て、その後向かいに出来た多機能型施設に入られた方の関係者ミーティングに参加した。
この方は以前から診ていたが、認知症の進行で私たちの顔も分からなくなった。
しかし参加された息子さんをしっかり認識されていて一番の笑顔で手を握り何度もさすった。
しっかり顔をだします、と目をうるませる息子さん。
文字通り触れ合うことから新たな出発が可能になる。
樹下美術館の作家・倉石隆氏のことがらが続く。
先月末、美術評論家の大御所林紀一郎氏からご自身の著書が届いた。
-美の領分・交遊録ーと副題が付いた「もの書き・恥かき・半世紀」。
著者、発行者とも氏ご本人で、去る4月28日第一刷の真新しい本だった。
70人近い作家達との交流やこれまでの評論が収められていて大変に興味深い。
またこの機会に120名に近い作家さんによる「林紀一郎 物書き半世紀を祝う仲間たち展」が
銀座で開催される。
素晴らしい事だと思う。
氏は新潟市美術館の初代館長として1985~1995年まで務められ、基を作られている。
そして小生が倉石隆と出会うきっかけとなった1995年の同館における倉石隆展の図録で「倉石隆断章」をお書きになった。
リハビリと闘病の中で製作した晩年の倉石隆への評論は重厚で心打たれた。
この度のご本にもそれが掲載されている。
林先生とは昨年秋の主体展レセプションで初めてお会いしてご挨拶しただけなのに、樹下美術館のことを覚えていて下さった。
生半可な拙生に貴重なご本と一筆を賜りひたすら痛み入るばかりだ。
自画像と思われる表紙はとても良く、氏のサインと1982年の制作年が読み取れた。
1995年新潟市美術館発行の郷土作家シリーズ「倉石隆展」図録。
話変わって去る5月4日、東京からある方が倉石隆の絵を携えて来られた。
取り出された絵を一目見て非常に驚かされた。
初めて見るブルーの倉石隆だった。
モノクロームの氏であるが色調は所謂白黒か朱色系で、当館の作品もおよそその範疇にある。
そこへ突然現れたブルーには極めて強いインパクトがあった。
基調の青が冷たい分、女性の肌の赤みが体温や生命力を浮かび上らせる。
胸、腹部、腰の豊かさには畏怖さえ込められているようだ。
ぜひ来年の展示に加えさせて頂きたいと思います。
さて最後に、来る18日日曜日午後は新潟市美術館で同館友の会の方々に倉石氏について語ることになっている。
もとよりお話できる技量はないが、自らの勉強に資することにしたい。
上下浜に花を置いた。
返す返すも痛ましい上下浜の海難。
昨夕花を作ってもらい現場を訪ねた。
いつも車を止めるまさにその場所。
ここで夕陽を見ながら妻と車中でお弁当も食べた。
その場所で5人もの命が失われ、目の前に献花が並んでいる、、、。
花に混じってお菓子やジュースが沢山置いてあった。
しゃがんで手を合わせたがやはり涙が落ちる。
ここが好きな人は少なくない。
良い季節ばかりでなく真冬でもだれかが車を止めている。
みな心いためていることだろう。
夕暮れはうすべに色の雲をまとった半月が昇っていた。
尊い魂を慰める風だった。
痛ましい上下浜の海難事故 上越にも救助ヘリを 金属バスケットですくい上げては。
昨日、大好きな近隣の上下浜の海で痛ましい事故が起った。
午後美術館で庭仕事をした帰り道、すぐ先の空にヘリコプターが飛んでいた。
一機だけではなく、旋回もするので何か事故?高速道路かもしれないと思って家に入った。
すると夕刻の全国ニュースのトップが、こともあろうに上下浜で子ども3人大人2人が亡くなる事故を伝えた。
丘にホテルが建つ美しい景観の海で、余りに痛ましい出来事だった。
一昨日は一日中いやな感じで風が吹いた。
おそらく昨日の海は余波でかなりのうねりが生じていたにちがいない。
子どもは渚が好きだ。
次々と寄せる波は動物のようでもあり、近寄っては逃げる遊びの相手になる。
海辺で育った自分もよく遊んだ。
昨日の子供達も楽しかったことだろう。
それが突然巨大なうねりに襲われたのだ。
寄せ波が子どもを倒し、引き波で一気に沖へとさらったと考えられる。
一帯の砂はざくざくしたツブ状で、足が深く入り容易に流動する。
強い波の中、沖に向かって立つと、寄せ波は足のかかとをえぐり、引き波はつま先を掘る。
突然大きなうねりが来た場合、寄せ波で逃げてもバランスを崩しやすい。
足を取られたうえ坂を下る強い引き波が、次のうねりへと子ども達を飲み込んだのだろう。
横にうねる海岸の引き波は凹みの部分に左右から波が合流して川のような強い流れになる。
波はおよそ一定の大きさで打ち寄せるが、急に大きなうねりが来る時がある。
今回大波の原因は何だったのだろう。
この時期突風が考えられないこともないが、すぐには大波にならない。
私が知る一つの原因は、沖合を通過する比較的大きな船の引き波だ。
これは何度か高いうねりとして繰り返し岸に到達する。
異常に高いうねりは色が濃くボリュームがあり、見ていれば近づくのが分かる。
周囲が気づいて叫んだが、子ども達に聞こえなかったのか。
あまつさえ助けに向かった2人の大人までも飲み込まれた。
一定の波の日は大人も子どももライフジャケットしかないのか。
救助では救助(消防防災)へりがが間に合えば、隊員がロープで下りてかかえ上げるのが一般的だろう。
しかし波が大きいなど不安定な状況では手間取るのも想像できる。
衰弱している遭難者が手を伸ばしたり抱きつくのも容易でないかもしれない。
万一そのようなことであれば非常に残念なことだ。
今後の海難では、丈夫な金属バスケットですくい上げる方法を考慮できないだろうか。
さらに海岸線が300キロメートルもある新潟県のドクターヘリの基地が当地域から100キロ離れた新潟市だけ、
というのも散漫に思われる。
上越地域に一機分設置できればどれほど意義あることだろう。
テトラも無く、道路から近いこの場所は季節ごとに長野や群馬の方達の車が多かった。
亡くなられた人達はここを愛していたにちがいない。
自分も大好きな場所だったので、余りに痛ましく涙を禁じ得ない。
亡くなられた方々とご家族のことを思うと言葉も無い。
心から哀悼の意を表します。
倉石隆氏の新たな絵の掲載は次回に致します。
ホームページ、ブログの縁 女子高校生の寄り道 倉石隆の絵。
連休真っ盛りとなりました。
樹下美術館もいつもより多くの方達にお寄り頂き感謝しています。
鯨波へご家族でいらした東京の女子高生が電車に乗って樹下美術館を訪ねて下さいました。
樹下美術館のホームページかブログをご覧になりお一人で訪ねられたとスタッフから聞きしました。
展示をご覧になりカフェに下りてお茶、そして紙ナプキンに可愛いメモを残されました。
素敵な洋服のきれいな人だったそうです。
メモをポケットに入れたあと庭仕事をましたので、しわくちゃにしてしまいました。本当にごめんなさい。
当館が青春の小さな旅の思い出に残りますように。
もう一方も東京からでした。ホームページあるいはブログで当館を知ったと、ある美術関連の方が倉石隆の絵を携えられました。
氏の作品には非常に興味がありますので拝見しますと、初めて見るタイプの絵。
大変気に入りました。
お役に立てればとおっしゃり格安で譲って頂きました。
その方のバブル以後の美術の話は興味深く、
あと20年の辛抱、若者達の成長は期待出来ると明解に仰いました。
もうその時を見ることはないでしょうが、将来kの希望はやはり心温まります。
明日その絵をこのノートに掲載し、第3稿まで進んでいる倉石氏の図録にも急遽載せます。
さほど多く見られていない当ホームページやブログ。
しかし今日のように、樹下美術館が遠くの方に伝わった結果に出会うと、とても嬉しいのです。
キジ(雄)が松の枯れ枝に 見てみない振りの顔。
日をまたいだが、本日午後仕事場の庭でキジ(雄)が松の枯れ枝に止まっていて驚いた。
どぎついほど鮮やかで、鶏ではなかったが若冲かくやありなむ、と感じそうだ。
キジはある種日常の鳥だが、近距離で長く枝に止まるのは初めて。
何度かケンケンと叫んで羽ばたき、時節がら婚活の真っ最中のようだった。
間もなく在宅回りの時間が来て外に出ると下りて立ち去った。
頭部を拡大してみると、反対向きに鳥の顔を付けて、向きをカモフラージュしているように見える。
つまり一年中「見てない振り」を通しているようではないか。
失礼だがかなり滑稽。しかしだましのような顔が赤で強調されていて、見ていると混乱てくる。
人前で小走りなど臆病なのに派手。見てみない振りの顔。大きくて目立つのに健在。
なにより痛々しいほど派手な容姿。。
一体如何ほど複雑な進化を経たのだろう。
近時いっそう人家に近づいているのは、里で狐や狸が増えているせいなのか。
明日は大切な憲法(お金にはなりませんが)の記念日で祝日。
6月、陶齋の器でお寿司を食べる初夏の会 都寿司で試食。
来る6月、4回の日曜日の正午から「陶齋の器で寿司を食べる初夏の会」があります。
今夕大潟区の都寿司さんを訪れ、陶齋の器に盛った予定のお料理の試食をしました。
熱心な親方の工夫の成果が十分に発揮され大変満足、6月が楽しみです。
以下撮った写真を並べてみました(ほかにも品がありました)。
陶齋の器が活かされ、食べ物がさらに美味しく感じられました。
会当日は食事のあと茶室に移り、不肖館長の点前でお抹茶をお飲み頂く予定です。
現在予約はほぼ埋まりました。次回は10月を予定しておりますので、ふるってご参加ください、お待ちしています。
お一人での申し込みもお受けします。
食事は7人前後でテーブルを囲む席で、館長がご一緒させて頂きます。
- 花頭窓、二十三夜塔、庚申塔、社寺
- 樹下だより
- 齋藤三郎(陶齋)
- 倉石隆
- 小山作之助・夏は来ぬ
- 聴老(お年寄り&昔の話)
- 医療・保健・福祉・新型コロナウイルス
- 花鳥・庭・生き物
- 空・海・気象
- 頸城野点景
- ほくほく線電車&乗り物
- 社会・政治・環境
- 明け暮れ 我が家 お出かけ
- 文化・美術・音楽・本・映画・スポーツ
- 食・飲・茶・器
- 拙(歌、句、文)
- こども
- 館長の作品。
- かって認知症だった人、晩年の「ありがとう」は「好き」だった。
- 妙高市はいもり池の近く「ギャラリー峨々」を訪ねた。樹下美術館も紅葉。
- 再び良寛椿の苗。
- 1本の木にキンカンとカラタチの実が。
- 秋晴れの日のゴルフ。
- カフェのノート、スケッチブックの絵、ブログ展その3。
- 本日ジョケラさん初日。
- 明日からジョケラさんの展示会 高宮あけみ展のご来館有り難うございました。
- 別れ。
- カフェのノート、スケッチブックの絵、ブログ展その2。
- 講演会「良寛さんに学ぶ」が無事終了した。
- カフェのノート、スケッチブックの絵、ブログ展その1。
- 来たる11月7日からラッセル・ジョケラさんの展示会 晩秋の花 近隣のコハクチョウ
- 先週末の種々。
- 高田高等学校創立150周年の秋 いたくら桜園 近隣の秋。
- 「ラッセル・ジョケラ木工展」 可愛いお子さんとおじいちゃん。
- 本日今年最後の同業ゴルフ。
- 今夜のコンサート カッチーニの「アヴェ・マリア」。
- 信州は須坂で江戸時代の料理を食べる 満月、私達の奇跡。
- 失った1枚 栗。
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