2012年1月27日

神田の製図学校とは? 災害的な豪雪

2012年1月27日(金曜日)

さて昨日書かせていただいた花札を制作された方が仰った製図学校(図面学校→製図学校)については全く知りませんでした。インターネットを調べてみると中央工学校という学校が出ていました。

場所が神田だったこと、女子製図科が設置されていたことから、同校ではないかと思いました。

 

ちなみに以下学校の沿革の一部です。

●1909年(明治42年): 即戦力工業技術者育成を目的として、東京市神田区一ツ橋通町20番地に「中央工学校」を創立。建築・機械・電工の3学科を設置。

●1918年(大正7年): 女子工業技術者育成を目的に女子製図科を設置。実践的な技術者を輩出して教育界・産業界から注目と期待を集める。

田中角栄は1936年(昭和11年)、同校土木科の卒業生のようです。。

 

早くから女性に開かれた技術教育。そこへ飛び込んで行った人が当地にもおられたとすると何か元気づけられます。次回の訪問でまた続きをお聞きしてみたいと思います。
 

さて当地上越市大潟区の昨晩の積雪は、庭で46㎝でした。本日は小雪が降ったり止んだりしましたが、積雪の高さは昨日とほとんど変わりなく見えます。

ニュースが伝える内陸の豪雪はすでに深刻な災害レベルです。昨年から見られる季節進行の遅れを考えると、心配です。

 

週末の雪は一休みしてくれますように。インフルエンザが流行してきました。

手作りの花札 製図学校 お前も運転してみろ

2012年1月27日(金曜日)

下の写真は、過日紹介させていただいた患者さんの手作り花札です。作ったのは80才代後半のお年寄り(おばあさん)でした(いつ頃使ったのかはまだ聞いていません)。

活発な方でしたので、昨年夏、圧迫骨折の痛みで寝たきりになりかかた際のショックと悲観は、見ていられないほどでした。訪問診療によって骨粗鬆症の注射を続け、幸い今ではなんとか居間へと歩かれるようになりました。

花札古くなってはいますが大変よく出来ています。

そんな折りに見せていただいたのがご本人手作りの花札です。絵や厚さなどの形態があまりに良くできていて驚くと同時に、如何に作ったかに大変興味がありました。

一ヶ月前の訪問ではケント紙にピースの中箱の紙を貼り、絵は自分で描いたとお聞きしていました。しかしそれにしてもである。

本日訪問すると傍らに製図道具と材料が置かれていました。コンパス、からす口、雲形定規、そして切り紙などです。これは一般におばあさんが持つ物とは違います。

制作道具IMG_8308
おばあさんの持ち物!

お聞きしたのは花札の作り方の続きでした。今回は紙は一般のケント紙三枚では厚すぎるので、二枚を貼りその上にピースの中箱の紙を貼るとほど良い堅さになる。曲線は出来るだけ雲形定規を用いた。線はペンとからす口で引いたなどと伺いました。

道具も方法も素人の域には思われませんでした。どうしてこんなことが出来るのですか、とお聞きした所、以下のようなお話をされました。

 

自分の父はこの土地の自動車屋だった。私が高等小学校を出ると父は自分を東京の製図学校へ進学させた。高等女学校は時間の無駄、花嫁学校みたいなものだからという理由だった。

神田の図面学校で教えてもらった方法で、後年子どものためにこんな花札も作った。父は比較的若く亡くなったが、学校時代に自動車に乗せてもらったことがある。その時父はいきなり私に、お前も運転してみろと言い出し、びっくりしたことあった。父は進んだ人だった。

以上がお話の概要です。私自身、からす口も実際使ったことがありません。もっと詳しくお聞きしたいが時間がありませんでした。しかし製図学校といい何もかも驚きです。もしかしたら花札のことでは、お父様のことをお話したかったのかな、とも思いました。

普段お互いに黙っていればただすれ違うだけ。しかし話をお聞きした場合、驚くようなことを耳にすることがあります。かって傍らで聞いているお嫁さんが「知らなかった」と仰ることもありました。

お年寄りは繰り返し同じ話されることが多い。しかし最も大事な事は胸にしまっているのかもしれません。私たちと同じように。

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