2011年5月12日

カフェの本「逝きし世の面影」 パラダイムシフトの2

2011年5月12日(木曜日)

本日、樹下美術館のホームページでカフェにある本の紹介記事を更新しました。

 

そのことに関連して、去る5月10日の当ノートで不遜を顧みず「フォルテシモな豚飼い」を紹介させていただきました。今日は「逝きし世の面影」にさせて頂きます。

 

この本については2007年のある日、翌年から始まるメタボ健診に向けて上越医師会で行われたY教授の講演会で知りました。

 

名指しで体重管理を疾病予防の門戸に位置づけた新たな健診制度。それは、禁煙の普及とともに生活重視の医療へと一段と舵が切られた重要な節目ではなかったでしょうか。

 

その日、講演者は冒頭でパラダイムシフトの概念と共に本書を紹介しました。短い紹介でしたが大変気になってすぐに注文をしました。

 

本 
 
逝きし世の面影 著者:渡辺京二 発行:株式会社平凡社 2007年 初版第14冊

 

 さて紹介です。鎖国の江戸時代にあっても外交・通商・医療などで次々と外国人が日本を訪れている。彼らによって多くの日記や旅行記、手紙類が残された。本書では、それらを克明に読み江戸中期~幕末、明治初期までの日本人とその生活、町や村落の風景に関する記述がすみずみまで紹介されている。

 

内容は極めて多岐かつ詳細だ。当時、経済は豊かでなくとも貧困や悲惨はなく、人々は丁寧で人なつこかった。大人はこよなく子どもを愛し、楽しむことを忘れず、何事も創意工夫がなされていた。女性は屈託なく、働く男たちの体は引き締まっている。制度の要にいる武士たちは勤勉で良い趣味を持ち、上級武士の幼い娘などには驚くほどの威厳が見られた。

 

風景では、地方の農漁村や港はかって見たことがないほど美しく、それは人々の振る舞いとともにまるで「おとぎの国」のようだった、という。はじめは戸惑う外国人でも日本の随所に惹かれ、この国を愛おしむようになる様子も大変興味深い。

 

時代はついに明治を向かえる。その日を体験した外国人も多い。彼らは嵐のように進行する富国強兵と殖産振興のありさまを目の当たりにする。そして急速に出現する富裕と貧困を悲しみ、西洋化によって喪失されるかつての美しい文明を一様に惜しむのだった。

 

これらは私たちの同胞でなく欧米の、おしなべて公的な知識人たちの記述になる。一定のエキゾチズムや誇張はあろう。しかし詳細な内容によって異国の如き妄念にかすむ江戸時代が、胸が熱くなるほどのリアリティをもって迫る。

 

本書をお読みになった方は多分大勢いらっしゃることと思います。1998年に葦書房からハードカバーで出版され、事情によって2005年から平凡社のライブラリー文庫へと変遷した経緯があるようです。1999年に和辻史郎文化賞ということ、2007年にして14刷など、その人気ぶりが伺われます。

 

604ページですが、どこを読んでも興味尽きません。大震災以後、ある種パラダイムシフトが要請される機運の今日、再読したい一冊ではないでしょうか。

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